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第99話 再婚約を決意するアコード王子



リュミエール王国の第一王子であるアコードは、広大な宮殿の窓から遠くの街並みを見つめていた。幼い頃の記憶がよみがえり、かつての婚約者であるセリカ・ディオールの姿が脳裏に浮かぶ。あの時、彼女は幼すぎるという理由で彼自身が婚約を破棄するという決断を下したのだった。まだ幼さが残るセリカは、その頃は政治にも領地経営にも無関心であり、王妃としての資質が足りないと判断されたのだ。しかし、今や彼女は一人前の女性として成長し、ディオール領を繁栄に導いた賢才として王国全体から称賛されていた。


アコードは、セリカの変貌を聞くたびに胸の奥で何かが揺れるのを感じていた。彼女が持つ知恵と指導力は、リュミエール王国にとっても非常に価値があるものであり、彼の中で彼女との婚約を再び考える意志が日に日に強まっていった。だが、他の王子たちのように直接的な婿争いに飛び込むつもりはない。彼は冷静な策士であり、幼少期から王国の後継者としての教育を受けてきた自負があった。王妃として迎えたい相手をただ追い求めるのではなく、その相手の心をもとから支える方法を考えるのが彼のやり方だった。


「今度こそ、間違った判断をするわけにはいかない…」


アコードは心の中でそう決意を固めた。彼の目標はただの個人的な願望を満たすことではなく、王国全体の繁栄と安定のために必要な人材を手に入れることだった。セリカが王妃となることで、ディオール領と王国の双方に利益が生まれる。それは王国の未来にとっても大きな意味を持つと彼は考えていた。


彼がとった方法は、セリカ自身にアプローチするのではなく、彼女の両親であるディオール公爵夫妻を説得するというものだった。セリカの育った家庭環境や家族の考え方を熟知している夫妻に、自分の真摯な思いと計画を伝えることで、セリカとの再婚約への道を切り開こうとしていた。彼の冷静な分析と実利的な判断が、計画の骨子を形作っていった。


宮殿での用意が整い、アコードはディオール公爵夫妻のもとへ正式な使者を送ることにした。宮廷で最も格式高い礼服に身を包んだ彼は、気品と自信に満ちた姿で使節団とともにディオール領へと向かう準備を整えた。彼にとって、今回の説得が成功すれば、王国の未来がより輝かしいものになると確信していたのだ。



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ディオール領に到着すると、アコード王子は美しい庭園が広がる城へと案内された。ディオール公爵夫妻もまた、王国で名の知れた貴族であり、その誇り高き家柄と領地経営の腕前は多くの貴族たちから尊敬を集めていた。アコードは夫妻に対して深々と礼をとり、丁寧に自己紹介を済ませた後、いよいよ本題に入った。


「ディオール公爵、そして公爵夫人。こうして再びお会いできたこと、誠に嬉しく思います。本日は、リュミエール王国にとってもディオール領にとっても重要な話をさせていただくために参りました。」


ディオール公爵は穏やかな笑みを浮かべてアコード王子を見つめていたが、その目には鋭い観察眼が光っていた。公爵夫人もまた、優雅な振る舞いの中にも深い思慮を感じさせる表情をしている。彼らにとって、セリカはかけがえのない娘であり、領地を支える存在だったため、簡単に誰かに嫁がせるわけにはいかないという強い思いがあったのだ。


「アコード王子、私たちもこうしてお会いできたことを光栄に思っております。どうぞ、話をお聞かせください。」


ディオール公爵の言葉に促され、アコード王子はゆっくりと息を整え、再婚約についての提案を切り出した。


「私が再びセリカ様との婚約を望む理由は、彼女がリュミエール王国にとってかけがえのない存在であると確信しているからです。彼女が王妃となれば、その知恵と能力が王国全体に広まり、さらなる繁栄をもたらすことでしょう。ディオール領がここまで発展したのも、彼女の才覚あってのことです。彼女の才能を王国全体に活かし、共に歩んでいくことが、最も良い未来を築く手段だと考えています。」


アコード王子の言葉には、かつて婚約を破棄したことへの後悔と同時に、今度こそ彼女を正しく評価して迎えたいという強い意志が込められていた。彼は彼女の両親に対し、誠実な姿勢で自らの思いを伝えようとしていた。


しかし、ディオール公爵夫妻はその提案を簡単には受け入れなかった。彼らは娘の才能と努力によって繁栄しているディオール領を守る責任があり、その重みを深く感じていたのだ。公爵は静かに首を振り、冷静な口調で返答した。


「アコード王子、確かにあなたのお言葉には説得力がございます。セリカが王妃となり、王国全体の未来を支える存在となることは、リュミエール王国にとっても大きな利益でしょう。しかし、彼女はディオール領を支える柱であり、私たちにとっても大切な娘です。彼女を王室に送り出すことには、私たちにとっても覚悟が必要です。」


公爵の言葉に続いて、公爵夫人もまた口を開いた。


「セリカがどれだけディオール領にとって重要な存在かを考えれば、簡単にお嫁に出すことはできません。私たちは彼女の幸せを第一に考えておりますし、彼女が最も輝ける場所を慎重に見極めたいと思っているのです。」


公爵夫妻の態度には、セリカをただの政略結婚の道具として扱わせたくないという強い信念が滲み出ていた。彼女が自分の才能を発揮し、領民と共に成長していく姿を見守ってきた両親として、彼らにはそれを手放すことへの大きな躊躇があったのだ。


アコード王子は夫妻の慎重な態度を理解しつつも、もう一度説得を試みた。


「ディオール公爵、そして公爵夫人。私もセリカ様の未来がどれほど重要であるかを深く理解しております。彼女がディオール領にとってかけがえのない存在であることは承知しております。しかし、彼女が王妃となれば、その影響力はディオール領にとどまらず、リュミエール王国全体に広がります。私たちが共に歩むことで、この国はさらなる繁栄を迎えることができるのです。」


アコード王子の真摯な言葉に対し、公爵夫妻は再び考え込んだが、その決意はまだ揺るがないようだった。夫妻にとって、セリカを簡単に王室に送り出すわけにはいかないという強い信念があったのだ。


ディオール公爵は一度深く息をつき、重々しい口調で再び口を開いた。


「アコード王子、あなたの思いと理論には共感いたします。セリカがリュミエール王国全体に貢献できるという視点は確かに重要です。しかし、彼女の未来は私たち家族にとっても、そして彼女自身にとっても、非常に大きな問題です。私たちは彼女を王室に送り出す覚悟を持っているわけではありません。」


この言葉に対し、アコード王子もまた苦い表情を浮かべた。王国の将来を見据えて冷静に説得しようとしている彼にとって、この慎重さは予想以上に厚い壁だった。しかし、同時に公爵夫妻がセリカの未来を大切に考えていることも痛いほど理解できた。


しばらくの沈黙が続く中、公爵夫人が静かに口を開いた。


「アコード王子、あなたの誠実さは感じ取れました。しかし、私たちが望んでいるのは、セリカがただ王室のために捧げられるのではなく、彼女自身が幸福を感じられる場所に送り出されることです。私たちは慎重に彼女の将来を考えたいと思っています。」


アコード王子は、その言葉に何度も頷きながら、もう一度言葉を尽くすべきか考え込んでいた。夫妻の慎重さと、セリカの幸福を重んじる姿勢は彼にとっても理解できるものだったが、自分の信念と未来への計画もまた変え難いものであった。


「分かりました、公爵夫妻。今日の私の提案をすぐにお受けいただくつもりはありません。しかし、私の思いは変わりません。どうか、これからも私を信頼し、再びセリカ様との未来をお考えいただける日が来ることを望んでおります。」


アコード王子は礼を尽くし、夫妻の慎重な意志を尊重する姿勢を示した。彼にとって、この日は完全な決着ではなく、夫妻に自分の思いを伝えるための第一歩に過ぎなかった。


この面会のあと、アコード王子はディオール公爵夫妻の思慮深さとセリカへの愛情の深さを一層感じ、さらに慎重に、そして粘り強く説得を続ける覚悟を固めたのだった。



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