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第6話 依頼開始

 鉱山街ウィッカの西門から出ると、途端に牧歌的な光景が広がっていた。燃料や建材となるはずの木はこちらでは伐採していないらしい。そして草も大きな石もない、平坦な道が彼方まで伸びていた。



「山道とは偉い違いだな」

「あんた、どこの動物よ」

「タムル山。まぁ誰も来ないから道なんていらなかったんだろう」



 俺と【師匠】が暮らしていたあの山は、普通に使うには急勾配過ぎた。慣れた俺には特に問題が無かったが、馬車などはとても進めない。住人も二人だけとなれば、誰も用事など無いに決まっている。よって道を整備しようと考える人間など皆無だ。大体【師匠】の私有地だし。



「タムル山? あそこは禁足地なはずだけど、イサオはそこに住んでいたのかい?」

「うん。【師匠】と二人で、それで何で禁足地なんだ。熊が豊富にいるぐらいしか特色無いぞ」



 そこから語られたのはタムル山と鉱山街ウィッカが隣り合っていることの問題性だった。かつてはあの山も慣れた衆が鉱山のために木を切り倒していたそうな。しかし、それが当たり前になってしまってしばらく、ウィッカはその反動を受けてしまった。木が無くなったことで保水力が激減した山に雨が降ったとき、盛大ながけ崩れに見舞われたのだ。

 その時の被害はよほど凄まじかったらしく、鉱山街の人々はタムル山から木を採るのを止めてしまったそうな。



「ふむ、そんな経緯が。それで【師匠】が買い取ったのか……いや、貰ったのか? 住んでた俺にも分からん。脱線したな。それで、なんでこの道はこんなに整備されているんだ」

「本当に何も知らないのね……簡単に教えてあげる。ウィッカの北に銅鉱山が、南に銀山があるのよ。そしてウィッカの鉄鉱石。これらを迅速に鍛冶の都まで送るために、地ならしが行われたの。王都の東にあるこれらは【鉄の道】としてなくてはならないものになってるのよ。分かった?」

「ああ、ありがとう。納得した」

「素直にお礼を言われると気持ち悪いわね……」



 ミュゼは微妙な顔をして、帽子をかぶり直した。なんとなく照れているような感じだ。

 アランはそんな俺たちを微笑ましそうに見守っている。こいつのお兄さん的な態度こそ、俺にはむず痒い。



「この国には他にも【小麦の道】や【石の道】とか、【兵の道】なんてのもあるんだよ。それらが中心の王都に色々な物を届けているんだ」

「んー、それ自体は良いんだが。何だってそんな大通りの近くにある村が、冒険者に守られたがっているんだろうな」



 そんな交通網が出来上がっているということは、それだけ重要視されているということ。つまりは治安も良いはずだ。少なくとも考える頭を持っている盗賊などは近くにいないはず。

 うむ。なんとなく分かってきた。


 結構な距離を歩かされたが、俺たちは無事に依頼のあった村に到着した。村長と思しき白髪の老人が出迎えてくれる。



「ようこそ。今回の依頼を受けてくださった冒険者の方々。繁忙期なので出迎えはこの老いぼれ一人ですが、準備は整えてあります」

「どうも。冒険者のアランです。そしてイサオとミュゼの三人でお引き受けしました」

「いや人手が多くて助かりますな」



 アランが老人の相手をしている間、村の様子をじっと観察する。半農半牧のどこにでもありそうなのどかさで、危険を抱えているようには見えない。表向き・・・は。

 しかし組んでみるとリーダー役をアランがやってくれ、細かい話はミュゼが覚えてくれるのでチームを組むありがたさが分かってきた。面倒なことをやってくれる反面、俺の役割も大体決まってきている。



「猟師小屋が空いておりますので、そこをお使いください。その代わり一週間はいてもらえると助かるのですが……」

「食事があれば、あと水場も使わせてください」

「分かりました。食事は村の者に運ばせます。見ての通り何もない村なので、大したものは出せませんが」



 あ、目がお前らにはそれで充分だろうって言っている。この老人が好々爺などと最初から考えていないので驚きはしない。なにせ報酬の額がそれほどでもないから、やってくる冒険者も大した連中じゃないことは折込済みのはずだ。

 悪いことだとは思わない。スケールは小さくとも人を率いる役割だ。冷徹になりもするだろう。


 アランが細々としたことをやってくれている間、周囲を観察し続けた。ミュゼはよほどアランを信頼しているのらしく、口を挟むこともなかった。



「小屋が一つって言うのはいただけないわね。レディが男と一緒の宿なんて」

「ミューは大体僕と同じ場所で寝泊まりするじゃないか」

「そこに私を襲いかねないやつがいるでしょう! ってあれ? いないわね」



 老人の話を聞いて依頼が始まったわけだが、俺はさっそく村の周囲を散策していた。

 村の中に入ろうとは思わない。階級の低い冒険者相手に親切な態度など期待できないからだ。あくまで仕事に徹する。半牧なだけあって、村の領域を主張する柵の外にも草地が広がっている。そこを俺は這うようにして、探索していく。

 成りたての冒険者だが、これはタムル山の経験が活かせる依頼だ。しばらくして俺は目的のものを見つけて、一つ頷き猟師小屋に向かった。



「あ、帰ってきたわね! 見回りの役割分担とか話し合わないで、どこ行ってんのよ!」

「これに関してはミューの言う通りだ。思ったより広い村だし、協力し合わないと」

「そりゃ悪かった。ただ、見張りは夜に集中した方が良いと思うぞ」

「? 何でよ?」

「あの爺さんが食わせものだって話だ。敵は狼だって分かっていて呼びやがった」

「……詳しく聞かせてくれないか」



 俺が地面を這って見つけたのは、血の跡と糞だった。

 冒険者に警戒を依頼した割に村人たちは外で普通に働いていた。狼は夜に来るのが一般的……昼間は比較的安全だと分かっていたからだ。外に建てられた猟師小屋を俺たちが使うというのも気になったところで、本来の猟師たちはどこに行ったということになる。



「アラン。狼は冒険者でも十級の仕事じゃないんじゃないか?」

「そうだね。一匹だと八級ってところかな。イサオが入ってくれて本当に助かったよ」

「つまり……あの村長は敵が狼だってことを隠したまま依頼したわけ!? 報酬が割に合わないわよ!」

「まぁケチるために隠したんだろ。生活の知恵ってやつだな。俺たちが本当に退治してくれても良し。報酬は後払いだから、失敗してもまた依頼すりゃ良いわけだ」



 熊が一人では六級ということから狼もそれなりだと思っていたが、八級か。少し軽く見過ぎでは無いだろうか? 個人的には熊より狼の群れのほうがよほど手強い。というか十級は本来、何を相手にするのだろう。



「ともあれ、依頼を受けてしまった以上一週間を無事に乗り切るしかない。二人とも狼の群れを相手にした経験は?」

「無いわよ……もっと小型の魔物とか、ジャイアントラット相手にしてしのいでいたから……」

「俺としてはそっちの方が興味あるんだが……じゃあとりあえず俺がアドバイスする形で良いか?」

「ああ、それで構わない。なんならイサオがリーダーでも……」

「リーダーは向いてないから、アランが判断してくれ。俺が世間知らず過ぎることは痛いぐらい分かってきたしな」



 狼の面倒なところは、その賢さにある。統率している個体によって多少色に違いは出るが、分が悪いと判断して、撤退することが可能なのだ。単体の狼相手だとまた違った戦いになるが、そこは割愛する。

 単に一週間を乗り切るだけなら襲撃を適当にいなせばいいが、村のことを考えると一度の戦いでかなり痛い目を見せる必要がある。全滅させるのが望ましい。



「まぁ相手に俺がいたことを後悔してもらおうかね」



 腰に下げた鎖をじゃらりと鳴らした。

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