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第5話 冒険者とはチームを組むもの

 甲高い声で騒いでるのは同い年ぐらいの少女だった。ヨレヨレのローブと三角帽子を被り、ささくれた杖を手に持っている。栗色の髪と緑の目をしているが、低身長なのが玉にキズといったところか。いかにもイメージ通りの見習い魔法使いだ。劣化ネスタルさんとも言う。

 それを穏やかに収めようとしているのは、くりくりとくせ毛の金髪が目立つ少年。クロースアーマーに鉄の剣を腰に帯びている。その雰囲気に隠れてしまいがちだが、綺麗な青の瞳に知性を感じさせる。

 悪い人間には見えない……ついでに悪い冒険者にも。おそらくは俺より少し先に冒険者になったのだろう。幸い金は手持ちがまだいくらか残っているのだ。依頼を代わっても良いという思いで声をかける。



「その依頼ってこれのことか?」

「あー! それ、私たちの依頼よ! 返しなさいよ!」

「ミュー、僕らはまだその依頼を受けていないよ。冒険は早いもの勝ちさ。今回は譲ろうよ」

「いや、そうなら譲ろうと思っていたが……先に返せとか言われるとその気が失せるな……」



 こちらも気まぐれのようなものだ。小さな猛獣めいた少女に食ってかかられると、反抗したくなる。この依頼はハーヴェ老からも悪くないと言われた依頼だ。老に遮られなかったあたり、少年の言う通り依頼は早いもの勝ちなはず。わざわざ譲ってやることもない。



「譲ろうと思っていたが、その態度が気に入らない。よって、やらん」

「何ですって! 準備もその依頼向けに整えてきたのよ! あんたみたいなぽっと出に渡すもんですか!」

「二人とも止めようよ!」



 少年の声でミューという少女の貧弱な抵抗も、俺の紙を高いところに持ち上げた腕も止まる。少年には不思議な圧力があった。武力によるものではない。知力によるものでもない。ただ、なんとなく耳を傾けたくなる声音なのだ。



「まず、ミュー……ミュゼがごめん。僕はアランだ。君と同じ新人冒険者だ」

「目ざといな……イサオだ。この街にも来たばかりだ」

「ふん! 変なやつは名前まで変ね!」

「ミュー!」

「……ミュゼよ。冒険者としては新人だけど、私は魔法使いなんだからね!」



 自己紹介が終わったあたりで気まずくなる。ここからどう話を発展させれば良いのだ? 互いの理解も何もないと思ったが、とりあえず名は分かったのだ。話し合いで一歩ずつ進むしかない。

 そう思った矢先に気付いたことがある。それはアランとミュゼの二人は行動を共にしているという、今更過ぎる理解だった。



「まぁ俺も大人げなかった……大人じゃないが。アラン、お前たちは二人で一つの依頼を受けようとしていたのか?」

「うん。その通り。冒険者としては僕らのほうがちょっとだけ先輩みたいだね。報酬額が決まっている依頼は、その分配が冒険者に委ねられているから何人で受けても良いんだ。五人で受けたら報酬が五倍になるなんてことはないからね。まぁ確かに揉める要素は多いけど、新人である以上は安全に依頼をこなす方が優先だから」



 確かに報酬の上限が決まっているなら、可能なことだし複数人の方が成功確率は上がる。だが、同時に依頼以上に仲間とのやり取りが難しい。なんら貢献しなかった人間が出れば、そいつにも公平に金を渡すのかという話になるだろう。戦果を完璧に分析できる人間など居はしない。

 俺は持っていた紙をピラっとアランの方に投げた。



「教えて貰った礼だ。譲るよ」

「そんな! 悪いよ!」

「自分の生活しか関係ない俺と、二人の貴重な依頼じゃあなぁ。こう見えて腕は立つんだ。別の依頼にするよ」



 このやり取りで色々なことが学べた。チームを組むこともそうだし、冒険者の懐事情という意味でもそうだ。なにせあの依頼の報酬は銀貨十枚。ただし、依頼中の食事を心配する必要がないというものだ。

 それが美味しく見えるのが新米冒険者。そこいくところ俺の財布には金貨が入っている。この二人と懐の暖かさを比較するなら、俺のほうが遥かに余裕があるはずだ。

 別の依頼があるかなと、俺は掲示板に戻ったが後ろから明るい声がした。



「そうだ! 君も僕らと一緒に冒険しないか?」

「はぁ?」

「ちょっと、アラン!」



 少し間抜けな声が出た。チームを組む? この二人と?

 アランの方は問題ないだろう。争いを好まない人柄に、不思議な輝きもある。

 だが、ミュゼという女の方とは既に溝ができている。強気なことは悪くないのだろうが、ついやり返してしまう俺との相性は良いとは思えない。それに俺は魔法というものがよく分からない。



「イサオは強そうだし、良い人だ! どのみちいずれ、大人数での行動なんかもあるだろう? だから、この出会いを大切にした方がいいと思うんだ!」

「……頭に砂糖でも詰まってるのか? 俺を良い人って」

「癪だけど、初めてあんたと意見が合ったわ」



 砂糖って【師匠】はどこから手に入れてたのかな? いや、違う、そうじゃない。

 俺はこの提案をどうすればいいか分からず、混乱していた。


 そうだ……この状況を前に俺は初めて気がついた。自分でも意識することはなかった自らの無知。そう、俺は誰かと一緒に行動したことがない。【師匠】が俺に課していたのは徹底して、自力で生きていく術だ。修行も放り込まれるという性質のものばかりで、手に手をとって教えられたわけではない。

 彼らは本当に信頼に足るか? ミュゼは本当に反りが合わないやつか? 彼らと組むことで得られる利益は何? 全て自分で判断して決断しなければならない。

 冷静に考えよう。俺は世間知らずであり、生きていくには経験を必要としている。冒険者という職業を選んだのだから、集団行動が求められることもある。そして……選んだ道を捨てるのも自由だ。



「まったく……俺は良い人なんかじゃないぞ。それでもお前が自分の目を信じるなら……」



 その輝きがハリボテで無いのなら。



「俺はお前に付いていこう。俺の足りない部分を補うために」

「うん。きっと僕らには君の力が必要だ。一緒に行こう。ミューもソレでいいかい」

「決めてから聞くんじゃないわよ……気に入らないけど我慢してあげるわ」



 こうして俺はアランたちと手を組んだ。これが後々まで続く縁となることを知らないままに……


 さて、準備という段階では俺は大きく遅れを取っている。アランに話を聞きながら準備を整える。呆れるほど値段が安い、極限まで堅焼きされたパン。冷やした水より安いワイン。それらをあまり治安がよくなさそうな路地で買い付けた。予想では食料を依頼人から供して貰えるが、そうでない場合もある。非常食は必須だ。



「チーズ買おうぜ、チーズ。夜中に焼いて食べるんだ」

「馬鹿言ってんじゃないわよ、依頼が無事に済んでも報酬は一人銀貨三枚なの分かってる?」

「アハハ。でも十級のパーティーとしては恵まれているよ。皆、ちゃんと武装してるし……そういえばイサオはそのナイフを使って戦うのかい?」

「いや、コレだ」



 大きなベルトバッグから銀に輝く鎖を引き出す。もちろん銀はメッキだが、実体が無い敵に効くようにだ……そんな存在を見たことが無いにしろ……鎖は分厚く長い。後腰のバッグはコレを入れるためだけに大きい。



「鉄鎖術がメインで、ナイフは予備兼日用品だな。もちろんナイフでの戦いも修めてるから、それで行ってもいいが」

「鎖で戦うのか……なんかあんまりピンと来ないな」

「相手が並の人間なら痛みだけで悶絶死するぞ。それに長い柄で打ち据えたりもできるから、まぁ安心してくれ」



 俺が鉄鎖術をメインに据えているのは、修行時代に自分で食らって、その恐ろしさを充分に味わったからだ。【師匠】から受けた一撃は肩と背をしたたかに打ち付けた。その痛みは体を苛み、しばらくは夜も寝れなかったほど。鞭打ちが拷問に使われるのが分かった日でもある。



「それじゃ出発しようか。依頼してきた集落は西の門から行ける」



 アランの先導に従いながら、俺は師匠から譲り受けた虎の巻を開く。

 “村などからの警戒任務。明確に敵が分かっていても、それを隠して依頼してくる場合に使われる”





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