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第4話 冒険者登録

 扉を開き、冒険者ギルドの中に入ると汗臭さと酒の臭いが鼻につく。どうやら酒場も兼ねているらしい。

 加えて、いかにも荒っぽいことして生きてます、みたいな顔をした連中が一斉に俺を見る。新顔に対しての興味か、あるいは敵対心か。その区別は俺にはつかなかった。


 カウンターの向こうにいる白髪を撫でつけて、カップ磨きに執心しているのがここの店員か受付なのだろう。そう判断して真っ直ぐにそこに向かった。彼はちらりとこちらを見て、カップ磨きに戻ったまま小さく反応した。

 背が高く、真っ直ぐに立っているので気付かなかったが、もう老人と言って良い顔をしている。



「……いらっしゃい」

「すいません、冒険者登録をしたいのですが……」

「ふっ、読み書きはできるのか?」

「それぐらいは……」

「じゃあ、そこの羽ペンを使って、このタグに名前を刻め。最初は十級から始まって、一級まである」



 渡された金属の板。名前のところだけ空白になっている。見ればなるほど十級となっていた。しかし、金属に羽ペンで刻めとはこれいかに。半信半疑で名前の欄にイサオと滑らせてみると、不思議なことに文字の形通りに、まさしく刻まれた。

 何だこれは。魔法だろうか? いぶかしんで受付の顔を見れば、彼も同じような顔をしていた。



「……イサオ。また随分と懐かしい名前だ。もう見ることはないと思っていた」

「あ、俺の【師匠】から紹介状を貰ったのを忘れていました」

「紹介状? そんな制度は無いが……」



 師匠から貰った封筒を渡す。受付の老人はようやくカップを磨くのを止めて、レターナイフで封を切り読み始める。そして数十秒後、まるで弾けたように笑い出した。よほど珍しいことなのか、建物の中にいる全員が注目した。



「あー、こんなに愉快なことは久しぶりだ。【師匠】? あいつが? まったく懐かしい気持ちにしてくれる! お前さんはあいつのことをどこまで知っている?」

「基本放置のくせに鬼のような修行をつけてくれて……なんでか名前は絶対に教えてくれませんでしたね。あ、あとネスタルさんと仲が良い」

「ネスタル! それも懐かしいな! そうか……新しい時代がついに来たんだな……ま、紹介状なんて貰ってもしてやれることはたかが知れているが……俺はハーヴェ。このギルド支部の支部長だ。あいつらとは数十年前に知り合った仲だ」



 意外と顔広いな【師匠】。というか数十年? 【師匠】はともかく、ネスタルさんの見た目はどうなってるんだ?

 ともかく、冒険者登録は無事に済んだらしいので、カウンター席に腰掛ける。あわよくば、何か話が聞けるかもしれない。ハーヴェ老はエールがなみなみと入った木杯をドンとカウンターの上に置いた。



「とりあえず、この一杯を奢るぐらいが紹介状の対価だな。金を持ってるなら色々とあるが」

「じゃあ銀貨一枚出すんで、パンと何かください」

「あいよ。パンと干し肉入りシチューだ。とにかくお前さんは常識が無いらしいな……冒険者の仕事はそこの掲示板に張り出されてるものから、級にあったものを選んでいく」



 久しぶりに堅焼きではないパンと、熊以外の肉だ。味わいながら話を聞くが……冒険者というのは中々に夢のない職業だった。文字通り、未知に挑む冒険者というのは三級以上が国の依頼などを受けて、辺境や未踏破の遺跡に行くらしい。

 ではそれ三級以下はどうしているかというと、魔物を駆除したり、危険な場所にある物を採取したりする何でも屋らしい。相変わらず“らしい”ばっかりだ。

 それにしても魔物か。タムル山にはいなかったので、本の挿絵でしか見たことが無い。



「まぁ一級ともなれば、魔王や邪神相手の戦で戦力になったりもするがな」

「え、魔王って実在するの?」



 魔王という存在自体は流石に知っている。子供向けのおとぎ話などに出てくるから。大抵は称号通り、魔族の王として君臨して、人間を不倶戴天の敵として世界を恐怖に陥れる。そんでもって人間の勇者や英雄に討伐されたり、封印されたりするのが絵本なんかの流れだ。

 まさか実在するとは思っていなかった。となると魔族なんかも実在することになる。世の中は思っていたよりヤバい世界のようだ。



「じゃあ勇者様なんかもいるんです?」

「いるよ。今のところ魔族との戦争は五分五分で、最前線にいるはずだ。しかし、なんだな。お前さんから勇者の実在を聞かれるとは思わなかったぞ」

「どういう意味です?」

「あいつ、本気で何も教えてねぇんだな。お前さんが気の毒になってきたぜ。ともあれ、前線はご立派な方々が活躍して、後方で冒険者たちが掃除をしているわけだな。お前さんはとりあえず生活が軌道に乗るまで、ちまちまやってりゃ良い」



 確かに魔王が実在していたことは俺に関わりない。見る機会もないだろう。人間の王様すら見ることがあるか怪しいのだから。シチューをかきこんで、エールを飲む。酒精の影響で少し口がピリリとした。



「腹いっぱいに食うには銀貨一枚か……満足したければ日に銀貨三枚稼がないといけないわけで……世知辛いな」

「上等なパンじゃなきゃそこまで取らないけどな。この街は依頼も絶えないし、依頼者の懐も温かい。お前さんがあいつの弟子なら、さして苦労しないはずだ」



 確かに魔物と【師匠】のどちらが怖いかと聞かれれば、間違いなく【師匠】だ。あの人に敵う存在などそうはいないことは、世間知らずの俺にだって分かる。

 それにしても魔物と魔族か。絵本に載っていたゴブリンなんかも見てみたいし、ドラゴンまで見れればもっと良い。魔王がいるなら配下の幹部っぽい連中もいるだろう。

 子どものように夢見る衝動が沸き起こる。まぁそこまで行くには生活を安定させて、冒険者としての級を上げなければならないだろう。



「よし……! 今日からさっそく始めるか!」

「元気なやつだなぁ」



 ハーヴェさんの声を背に、依頼が張り出された掲示板を見る。粗末なメモ書きからしっかりとした羊皮紙まで、多様な紙が打ち付けられている。でも十級だと大した依頼を受けられないだろう。その時、目にしたモノでピンと来るものがあった。



「マスター、この依頼を……」

「熊退治……? 駄目だ、駄目だ。熊は七級パーティ推奨で、ソロでは六級以上だ!」

「え……熊なのに?」



 熊といえば大きな肉が取れ、薬にも皮にも使える万能獲物だ。食費節約のためにも格好の相手だと選んだのだが……待てよ、“こういうの”は街に入ってからわずかな期間で何度も味わった。ひょっとして・・・・・・熊って強いのか?

 思えば俺だって子ども時代に課題として出され、半泣きになりながら三日かけて殺したのが初だ。そして【師匠】も、ここでの反応を見る限り、まともな教えをしていない。

 つまり、マトモでないのは俺の方だ……! ついに結論へとたどり着く。



「じゃあ、この“村近くの哨戒役募集”で……」

「良いチョイスだ。この手の仕事は寝床と賄いが付くからな。ただ、昼夜逆転の生活になることもあってキツイぞ。そのへんは大丈夫か?」

「大丈夫です。三日ぐらい寝なくても普通に動けますから……これも変なんですよね?」

「ああ……まぁ、うん。あいつに育てられたんなら仕方ねぇよ。アドバイスすると、冒険者はちょっとの怪我でも赤字になることが多い。哨戒なら適当に時間を潰すか、敵が出たらほどほどに戦うのが良いだろう」

「ありがとうございます。でも信用が欲しいので、真面目にやります」



 いくら強くなっても世間を押すには足りないらしい。悪者になって生きるなら別だろうが、こちとら色々と見たいものがある。何とか世の中に溶け込もうと決心する。



「あー! 昨日まであった依頼が無くなってる!」

「まぁまぁ、そういうこともあるよ」



 少女の甲高い声と、少年の低くなりつつある声が響く。世の中というのは様々な波をプレゼントしてくれるようだった。



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