……朝日が私たちを照らす。
やや海辺から離れているペンションだがウミネコの鳴く声や汽笛の音が聞こえてくる。
まるでそれは目覚まし時計のように私たちの覚醒を促す。
「んー、いい朝」
ベッドから身を起こし軽く伸びをする。
窓から入ってくる心地好い潮の香りを孕んだ風が寝起きの熱い身体を冷ます。
「ほら、あきちゃん。朝だよ」
「むー……」
寝起きが悪いのか未だに布団を頭まで被ったままベッドにしがみついている。
まだ朝も早いしのんびりするのも良いだろう。
私は部屋にあったインスタントコーヒーを淹れてベッドの横に腰掛けた。
「あ、ひとりだけコーヒー飲んでる。ずるいぞ」
布団で見えないはずだが流石に匂いで気づいたらしい。上半身だけ布団からにょきりと身体を伸ばすと私のコーヒーを取り飲み始めた。
「淹れるよ?」
「んーこれがいい」
そう言ってあきちゃんは目を細めた。
コーヒーを飲み終えたあきちゃんはようやく起きる気になったらしくベッドから出ると服を着始めた。
「よっし、今日も遊ぶぞ!」
さっきまで寝ぼけてたくせにもうすっかりやる気に満ち溢れている。
「今日はどうする?」
「釣りでもする?ぴゅんっ!」
あきちゃんは手を振り回して竿を振る表現をしてみせた。
「釣りかぁ。面白そう。経験あるの?」
「ないよ」
「ないんだ……」
そんなに賑わった観光地でもないので経験がなければ釣具を揃えることすらできないだろう。
「ちょっと無理かも」
「確かにそうだね」
随分適当な提案だったのか、彼女はあっさり引き下がる。
「しーちゃんは行きたいところないの?」
「ちょ、ちょっと……その呼び方はその……」
不意に呼ばれる親しげな呼び名に、昨日のことを思い出して顔が熱くなる。
「えー?昨日は自分が呼んでって言ってきたのにー?」
「う、うるさい!」
「そっちだってあきちゃんって言ってるしさ。ね、しーちゃん!」
それはそうなのだが……経緯というか……。
「もうっ!それでいいよ!」
「やったぁ!」
「それで……私の行きたいところか」
気恥しさを紛らわせるように話題を戻し部屋にあったガイドを広げる。
この町は陸地とつながったフラスコ型になっていて、バス停を起点として一周する範囲が浜辺になっているらしい。
丁度バス停と対局の位置に昨日の話に出た祠があるようなのでやはり私たちは半分も周れていなかったらしい。
「この祠、結局行けてなかったね」
「行く?……でも、何にもないんだよねぇ」
そう、何もないのだ……。昨日歩いてる時にも思ったけどただひたすらに浜辺が続いているだけで海辺のカフェもなければ特別映えるような景色がある訳でもない。……海は確かに綺麗だけれど、わざわざ歩かなくても見ていられる。ガイドを見る限り祠も実に簡素なものだ。
「これは……行くこともなさそうね」
結局祠に行くのは諦めることにした。
「じゃあどうする?なにしたい?」
「うーん……なんか食べる?」
と言ってもやはり女のコ向けのオシャレな店はあんまり見当たらないかも……恐るべし、田舎旅行……。
「みんなどうしてるんだろ」
「ゴルフ場があるからそこかなぁ?あたしは嫌だよ?どうせキャディやらされるんだもん」
「それは確かに……」
「じゃあさ!ガイドを開いたページにあるとこ目指さない?」
「ま、試しに開いてみてもいいかもしれないね」
「よっし!」
あきちゃんはガイドを一度ぱたんと閉じると適当にページをめくった。
「ここだぁっ!」
開かれたページに書いてあったのは……。
「え?これ海水浴場?」
「あ、ほんとだ!」
ぶっちゃけどこでも泳げるような気もするがちゃんとした海水浴場があるらしい。
「ここ行こうよ!」
「水着ある?」
「ない!」
またきっぱりと彼女は言い放つ。
「流石にこんな場所じゃ水着なんていくらでも売ってるでしょ」
「じゃあ出発!」
決めて早々にあきちゃんはコテージを飛び出した。
「しーちゃーん!早く早くー!」
「せっかちだなぁ」
浜につくと、レンタル水着屋が近くにあったのでそこでふたりでお互いの水着を選んだ。
照りつける太陽の下、開放的な格好をして潮風に吹かれる。
男の人と来ているわけじゃないのに、なんだかすこし恥ずかしかった。
「しーちゃん、かわいいよ~!」
「は、はずかしいってば……ていうか、あきちゃんも……かわいいし」
「えへへーありがと!」
照れくさいやり取りをしながら波打ち際を歩く。
「なんか久しぶりかも……海に入るの」
「あたしもかも」
とはいえ正直あまり記憶が無い……一体いつ以来だろうか……。
「昨日は暑くて体調悪くなっちゃったけど、こんなに涼しいと丁度いいね」
私はあきちゃんに笑いかける。
「うん! そうだね! 今日は遊ぶぞ~!」
早速あきちゃんが海に飛び込む。
私たち以外には誰もいない、ふたりだけの海。
なんだか楽しい気分になってきて、私も海に飛び込んだ。
……………………。
「…………ちゃん! しーちゃん!」
「ん…………な……に?」
目の前に、涙を流しながら私を揺さぶるあきちゃんの姿があった。
「しーちゃん! 起きた! よ、よがったああぁぁ……!」
私の声を聞くと、揺さぶるのをやめてその場で泣きじゃくり出してしまう。
「え……? な、なに? 私……海に入って……」
「そうだよ。海に入って……そのまま、う、動かなくなってぇ……」
どうやら海に入った瞬間に気を失ったらしく、あきちゃんが浜に引き上げてそのままコテージのベッドまで運んでくれたらしい。
「ご、ごめん! 私、やっぱりまだ体調悪かったのかな……」
正直昨日ほどの気だるさは全くなかった。むしろ楽しい気持ちでいっぱいで、意識を失うなんて信じられないくらいだったのだが……。
「あたしもごめん……昨日あんなに体調悪そうだったのに無茶させて……。急に水温で冷えたからショックを起こしたんだと思う……ごめん、ほんとうに……」
肩を落としながらあきちゃんが何度も謝罪する。
「や、やめてよ! あきちゃんは悪くないからさ! ほら、見て? こんなに元気!」
私はベッドから立ち上がって見せる。
「だめ! 今日はもう休んでて!」
「で、でも……」
「大丈夫。まだお休みは今日を除いても三日残ってるんだから。ほら、今日はあたしがずっと一緒にいてあげるから……ね?」
「う……うん」
その言葉通り、今日はあきちゃんがほとんどコテージにいてくれた。
ご飯も近くの商店で買ってくると言って数分出かけて戻ってきてくれた。
……優しい。なんでこんなに優しくしてくれるんだろう。私なんかのために……。
結局その日はあきちゃんに甘え尽くして朝を迎えることになった。