私はもう、半ば諦めていた。
美味しいご飯も食べさせてもらって、あきちゃんにも優しくしてもらえた。
それならもう何の未練もないじゃないか。
私がなりたかったものは、なんだろう。
何にもなれないことに絶望したのは、いつだったろう。
だからもう、わかりきっていたこと。
ここで終わっても、生き長らえていても、それは変わりはしなかった。
だから……。
──諦めちゃだめだよ。
そのとき、頭の中に響くかのように声が聞こえた。
「……あきちゃん?」
振り返っても誰もいない。
水平線の見える見晴らしの良い湾岸には、人影ひとつ見当たらなかった。
──まだ方法があるよ。
また声が聞こえる。
振り返った私のすぐ後ろから。
でもやっぱり、そこには誰もいない。
「誰っ!?」
一応訊いたけれど、それは確かにあきちゃんの声だった。
その問いには返事はない。
しかし、続けるように声は聞こえる。
──祠を、壊して。
……祠を? あの、この世とあの世の道標となるという祠を?
そんなことをしたら、この町は現世と黄泉との境が曖昧になって……。
「……あ」
そうか。
そうなのか。
この美しい町ごと、還るんだ。
「あきちゃん……私、やるよ」
静かにそう呟くと、もう声は聞こえなくなった。
暗いままのコテージにつくと、ひとりでは広すぎることにようやく気づいた。
既に落ちかけた陽の光が、しがみつくように部屋の隅を照らす。
この一筋の光がなくなれば、この部屋は暗闇に包まれてしまうんだろう。
「あきちゃんと会ってしまう前に……私は……」
寂しい。
数日前まで会社に存在すらしていなかったはずなのに。
埋め込まれたニセモノの記憶の中の彼女の笑顔が、何よりも鮮やかに感じる。
あの子がいてくれるなら、私、生きていたい。
あの子がそれを望むなら、私、死にたくない。
それは洗脳に近いものだったのかもしれない。
でもそれを自覚しつつ、私は抗えないでいた。
私を認めない人たちが悪い。
私をバカにする人たちが悪い。
不条理なことをいう上司が悪い。
難癖つけて怒鳴りつけるクレーマーが悪い。
不必要な汗を出させる気温が悪い。
あまりに色のない毎日が悪い。
悪い。悪い悪い。悪い悪い悪い悪い悪い。
世界が、全部悪い。
だから私は、もう、いいや。
「あはは。あははは。待ってて、あきちゃん」
真っ暗闇の中で、高らかに笑う。
もうすぐ、私は──