目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

決意

私はもう、半ば諦めていた。

美味しいご飯も食べさせてもらって、あきちゃんにも優しくしてもらえた。

それならもう何の未練もないじゃないか。

私がなりたかったものは、なんだろう。

何にもなれないことに絶望したのは、いつだったろう。

だからもう、わかりきっていたこと。

ここで終わっても、生き長らえていても、それは変わりはしなかった。

だから……。

──諦めちゃだめだよ。

そのとき、頭の中に響くかのように声が聞こえた。

「……あきちゃん?」

振り返っても誰もいない。

水平線の見える見晴らしの良い湾岸には、人影ひとつ見当たらなかった。

──まだ方法があるよ。

また声が聞こえる。

振り返った私のすぐ後ろから。

でもやっぱり、そこには誰もいない。

「誰っ!?」

一応訊いたけれど、それは確かにあきちゃんの声だった。

その問いには返事はない。

しかし、続けるように声は聞こえる。

──祠を、壊して。

……祠を? あの、この世とあの世の道標となるという祠を?

そんなことをしたら、この町は現世と黄泉との境が曖昧になって……。

「……あ」

そうか。

そうなのか。

この美しい町ごと、還るんだ。

「あきちゃん……私、やるよ」

静かにそう呟くと、もう声は聞こえなくなった。



暗いままのコテージにつくと、ひとりでは広すぎることにようやく気づいた。

既に落ちかけた陽の光が、しがみつくように部屋の隅を照らす。

この一筋の光がなくなれば、この部屋は暗闇に包まれてしまうんだろう。

「あきちゃんと会ってしまう前に……私は……」

寂しい。

数日前まで会社に存在すらしていなかったはずなのに。

埋め込まれたニセモノの記憶の中の彼女の笑顔が、何よりも鮮やかに感じる。

あの子がいてくれるなら、私、生きていたい。

あの子がそれを望むなら、私、死にたくない。

それは洗脳に近いものだったのかもしれない。

でもそれを自覚しつつ、私は抗えないでいた。

私を認めない人たちが悪い。

私をバカにする人たちが悪い。

不条理なことをいう上司が悪い。

難癖つけて怒鳴りつけるクレーマーが悪い。

不必要な汗を出させる気温が悪い。

あまりに色のない毎日が悪い。

悪い。悪い悪い。悪い悪い悪い悪い悪い。

世界が、全部悪い。

だから私は、もう、いいや。

「あはは。あははは。待ってて、あきちゃん」

真っ暗闇の中で、高らかに笑う。

もうすぐ、私は──

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?