ひとりで朝を迎えた私は、寝起きのコーヒーも飲まずに外へ出る準備をする。
今日あきちゃんに会うのは、全部終わってから。
きっと遅くなっちゃうだろうからしっかり準備しておかなくちゃ。
町の地図を確認する。
島を突っ切って反対側を目指すより、初日に行ったみたいにぐるりと海岸を回った方が祠に行くには簡単かもしれない。
でも海は、私にとって毒な気がする。
近づく度に、私を吸い込もうとする。
まるで私の魂が、海に還ろうとするみたいに。
そうなってはいけないから、私は海に近づかないように祠を目指すことにした。
コテージのあるこの場所から、浮月町を抜けて、町はずれの森の先、そこから砂浜に降った先に祠はある。
簡単。
とても簡単な道のり。
「待ってて、あきちゃん」
ぼそりと呟いたあと、私はコテージを出た。
「朝早くからお出かけですか」
コテージ群の門を抜けようとした時、管理事務所の職員さんが声をかけてきた。
「おはようございます」
「昨日のお連れさん、帰ってないようですが……」
「ううん。いいんです。このあと待ち合わせしてて」
私はにこりとその問いに答えた。
「あ、そうなんですか! 私心配してたんですよ」
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですから」
そう言うと私はすぐにその場を後にした。
港町は朝から人が多かった。
ガラガラのシャッター街だったはずなのに、そこかしこに人がいて、騒がしい声を放っている。
まるでお祭りの準備でもしてるみたいに、家の前にお供えをしたり何かよくわからないものを置いたりしている。
「おっ、早速おこしだよ……」
私を見た人がこそこそと隣の人に何かを言っている。
「声かけたらいかんからね……」
私の方から背を向けながらその人たちはそそくさと家に入っていく。
「なんだろう……」
なんとなく想像はつく。
私は多分間違えられていた。
おばさんが私を見抜いたように、私にはきっとこの町の人にしかわからないような生きた人間との違いがあるのだろう。
それはまるで自分が今までとは違った特別な存在になれたかのようなある種の優越感のようなものを私に感じさせた。
「大丈夫……あなたたちももうすぐ私と同じになれるからね……」
私は町を抜けて森を目指した。
「……待ちなよ」
森に入ろうとしたあたりで、私は何者かに声をかけられた。
「お嬢さん、こんな時間にどこへ行こうというのかね?」
そこにいたのはどこか古風な格好をした老紳士だった。
「どこって……別に」
「私にはわかります。あなたは生きた人間ではありませんから」
一瞬心臓が跳ねるのを感じた。
この人には見抜かれている。
しかし町の人達は声をかけてこなかったのに、なぜこの人は……。
「私も同じです。お盆になってこの町を訪れた」
「旅行者ってことですか……?」
「いやいや、とぼけても無駄ですよ。私も生きた人間ではない」
そう言うと、彼は妖しげに笑った。
「な、なんですか……私に何か用ですか?」
「おかしいと思いまして。私はこの町に来るのはいつも早朝と決めておりまして、いつも一番乗りでやってくるんです。あの祠から、森を抜けて、そうしてこの町へついた。なのにもう先客がいらっしゃって、逆にこちらへ歩いてきた。これはおかしい」
「……だったら、だったらなんですか」
「おかしいんですよ!」
いきなり老紳士が声を荒らげる。
「ひっ……」
「あなたはこの町にはじめからいた……あってはならないんだそんなことは……」
ぶつぶつと呟くようにそう言うと、老紳士は私の腕を掴んだ。
「いたっ!」
「あなたは死んでいる。それを認めていない。お嬢さん、ズルはいけないぜ」
「離して!」
ぎりぎりと掴む手に力が込められる。
老紳士の顔を覗き込むと、真っ黒な瞳からは血が流れ出していた。
「いや! やめて!」
「このまま一緒に行きましょう。これ以上この世界に居ようなんて思わない方が良い」
「まだ……まだ私は!」
私はそのまま彼に引きずられるように森の中へと連れていかれてしまった。