走り続けるのにも限界はある。
まだ私はおよそ人間のままだ。
当然息も切れるし身体にも限界がくる。
だが相手はどうだ。
後ろから迫る死者たちは、老いた見た目の多い割に疲れを知らないらしく、その距離はどんどん詰められていく。
「む……むりかも……はっ、はっ……ふぅ……」
「無駄なあがきですよ……」
すぐ後ろに声が聞こえる。
ここまでか……そう思った瞬間、何かが私の後ろから飛び出す。
「うおっ! なんですかあなたはぁ……!」
老紳士のたじろぐ声が聞こえてきた。
もしかして……!
「あきちゃん!?」
私は振り返ろうとした。
だがそれより早く、それを制するような声が響く。
「振り返らないでッ!」
その声にびくりと身体が止まり、私は振り返らずに済んだ。
「私を見たら、ダメだよ」
「醜い……これが末路か……!」
「こんな姿になってまで、なぜ生きながらえようとする?」
周囲からざわめきが起こる。
どうやらあきちゃんは、私の知っている姿ではないのかもしれない。
「こんな姿でも、あんたたちを止めるには丁度良いと思うの。……どう?」
後ろの死者たちは、それに言い返せないらしい。
「……ごめんあきちゃん! お願い!」
私はあきちゃんに後ろを任せたまま再び走り出した。
深い森の中を、ひたすらに走る。
太い根に足を取られ、蜘蛛の巣が顔に絡み、茂みに遮られようとも、祠のある浜に出る北側を目指して走った。
そしてようやく、光が差す。
暗い森を抜けて、私は浜へとたどり着いた。
「や……やっと……ついた……」
息は絶え絶え、全身が痛い。
それでも私は、ここは来ることが出来た。
だがそれが目的ではない。
私の目的は……。
周囲を見回すと、それを見つける。
古い祠が浜を背にして鎮座していた。
これを壊せば……この町から死者は帰れなくなる。
それは私がここに残ることができるということでもある。
他の死者? 町の人? そんなの知らない。
私とあきちゃんがここにいられるなら、それでいい。
私はコテージから持ってきた工具用のハンマーをカバンから出して祠の前に立った。
「ごめんなさい、でも、こうするしかないから……!」
ありったけの力をこめて、祠の頂点めがけてハンマーを振り下ろす。
それは実にあっけなく、音を立てて崩れる。
本当にこんなものが、世界を繋ぐ役割を秘めていたのかとか、死者を呼び寄せるチカラを持っていたのかとか、そんなことを考えると騙されていたんじゃないかとすら思える。
これは出来の悪いドッキリで、私が祠を本当に壊してしまうのかどうかを誰かが見ていたんじゃないかって。
でも、私が振り返った時、それはそんな陳腐なものではなかったんだってわかった。
もっと、取り返しのつかないものなんだって、わかった。
さっきまで私を追いかけていた死者たちが、ずらりと並んで紫色の顔で私を見つめていたから。
それは責め立てる言葉を言うでもなく、私を捕らえようとするでもなく、ただ黙って、しかし怒りに満ちたような恐ろしい表情で、ただ私を見つめている。
「な……なに?」
それにも答えず、ただ、固まったようにそこで私を睨みつけるのみなのだ。
「……止まっちゃったの」
「え?」
死者たちの間から、ゆっくりとあきちゃんが歩いてきた。
「……会いたかった。しーちゃん」
そう言うと彼女は、にっこりと私に微笑んだ。