「君は、顔の良い男性が好きだと……」
「そういう噂を聞いて鵜呑みにしたのですね、私みたいに真偽を調べもせずに」
「……本当にすまない」
「貴方に興味ないので愛の無い結婚でも別に良いけれど、後継作るつもりで結婚して妻冷遇するって子供に最悪な家庭環境過ぎません?」
「それは……重ね重ね軽率だったと……」
「あの、確認ですけれど私と子供作るつもりなんですよね? 男遊びしまくってると嫌ってた悪女相手によく作ろうと思いましたね? そういうのに興奮する異常性癖ですか……いった!」
顔を真っ赤にして泣きそうなジェラールに顔を近づけて追い打ちをかけていたら足首に激痛が走る。
耳を伏せて毛を逆立てた黒猫が私を噛んでいた。どうやら私がジェラールを虐めていると思い攻撃したらしい。健気で好き。
「あっ、ダイアナ……すまない。この子はあの一件から女性のことが苦手になって……」
「謝らないでください、今から男になれば良いだけですから」
「いやそれは困るよ!」
私が言うとジェラールは本気で焦った声を出した。
嫌ですね、冗談ですよ。そんな簡単に性転換できるわけないじゃないですか。
「気にしないでください。そのことは知っています。ただ今日は珍しく近づいて来てくれたので図々しく撫でようとした私が悪いのです」
「知っているって……来たばかりの君がどうして?」
「貴方には嫌われていてもこの屋敷の使用人に嫌われている訳では無いので、猫ちゃん様と仲良くしたいって相談したら色々を教えてくれました」
「えっ、俺は報告されてない……」
「だって貴方私に関しては家の害にならないなら放って置けとか不機嫌隠さず執事たちに言ってたらしいじゃないですか」
「うっ」
「報告しにくい環境作るのって正直当主としてどうかと思いますよ。まあ夫婦関係の改善をせず放置していたのは私も同じですが」
貴方には興味が本当に無いので。
私がそういうとジェラールは凄く複雑そうな顔をした。
しかし決心したように私の掌を取る。怪我をしていない方だ。
「とりあえず、君の傷の手当てをさせて欲しい……それと君を悪女だと誤解していて本当に済まなかった」
「別に構わないですよ、悪女なのは事実ですので」
「えっ」
「公爵夫人の立場って便利ですよね、私猫を気軽に殺そうとする人間ってどうしても消し、厳罰に処したくて……」
「まさか、君はソレイユを……」
「うふふ、大したことはしていませんよ、公爵夫人の立場を活用して高位貴族のお茶会に沢山出て五年前の真実を何度も語り尽くしただけなので」
貴族には程度の差はあるが猫好きが多い。多分貴族じゃなくても猫好きは多い。だって猫はとても素晴らしい存在だから。
そして現国王と王妃は大々的に公表はしていないが我が子のように猫を可愛がっている。
こっそりと愛でているのは、猫が好きでも無いのに追従の為に飼い出す輩を生み出さない為だ。でも高位貴族は殆どが知っている。
なのに自分に非があるのに飼い猫を殺せとかほざいた伯爵令嬢と娘のその要望を平然と伝えた伯爵家当主はかなりの馬鹿だ。
更にソレイユ伯爵令嬢は重ねて自分の汚点については隠匿し相手が全部悪いように喧伝した。
それが暴露された今貴族間での彼女の価値は暴落しているだろう。
何より小動物を平然と殺そうとする女ってだけで普通に拒絶されると思うし。
私なんて性格きつそうな外見しているだけで無責任に悪女呼ばわりされているのだ。
ソレイユ伯爵令嬢は一年後ぐらいには凶悪犯罪者扱いぐらいされてるかもしれない。
「……ソレイユ伯爵令嬢は独身を拗らせた貴方が折れて自分の要求を呑むまで待つつもりだったみたいですけれど」
その為に別の相手と婚約もせず、でも何年もジェラールの悪評は後輩を使ってでも流し続けたのだ。
とんだ女狐だと言いたいが、狐に失礼だろう。狐も可愛いので。
「彼女の要求なんて絶対に呑まない。ダイアナたちは誰にも傷つけさせない」
私に対しての先程までの怯えが嘘のようにジェラールは力強く宣言した。
「ふふ、私が結婚を決めたのってそこなのですよね」
「……君は俺が猫好きだと最初から知っていたのか?」
「そうですね、婚約破棄の真相を調べていたら知りました」
「なら、君も猫好きなのだろう?最初からそれを教えてくれていれば……!」
「貴方と出会ったばかりの私が猫好きだとお伝えしても、貴方はきっと自分に媚びる為の嘘だと思ったでしょうね」
笑顔を浮かべながら返すと彼は気まずそうな顔になった。本当に正直だ。
「私、猫ちゃん様と暮らすのがずっと夢だったのですよね、妹が病弱で動物の毛が苦手だったから……」
「そうだったのか……」
「だから私を愛していなくても、結婚は継続して頂きたいのです」
「それは当然だ」
そう言うとジェラールは力強く頷いた。
ダイアナちゃんが彼の足に自分の尻尾を巻き付けている。嫉妬深くて可愛い。
「寧ろこちらからお願いしたいぐらいだ、身勝手かもしれないが今の俺は君に惹かれている」
「気に入って頂けて良かった、もし断られたら貴方を物言わぬ傀儡にして居座るところでしたので」
「ひっ」
「なんて冗談ですよ、猫ちゃん様の下僕同士末永く仲良くしましょうね、ジェラール様」
私はにっこり微笑んだ。彼は少し怯えた表情でこくこくと頷いた。臆病なリスみたいで可愛いなと思った。
私は可愛いものが好きなのだ。その中でも猫ちゃん様が究極で完璧に可愛いだけなのだ。
だからこの元氷の公爵のこともきっと愛することが出来るだろう。
ジェラールと見つめ合う私の足をダイアナちゃんが再度強く噛んだが気にならない。愛とは痛みを伴うものなのだ。