「電源切って馬宮」
小部屋でモニターを見ていた烏丸が仁礼野の合図に気づいて馬宮に指示する。
「何ぼさっとしてんの、早く!」
「あ、はい!」
馬宮は烏丸の鋭い声に体をこわばらせ、モニターのボタンを押して4番カメラの電源だけをオフにする。画面が黒一色になると烏丸は長く息を吐いて椅子の背もたれに背中を持たせかけた。
「なんで切るんですか。彼らのこと監視してないとまずいんでしょう」
「大丈夫だよ、仁礼野さんがあのステージにいる間はあの子たち絶対に動かないから。アンタここのマニュアル読んでないの?」
烏丸は相変わらずツンとした態度で馬宮に聞いてくる。今夜入ったばかりの馬宮は例のマニュアルの内容は半分も憶えられていない。
「どうしてそんなこと言いきれるんですか」
「知ってるから」
「何をですか」
「反省会の……中身を」
烏丸は口にするのもためらわれるといった様子で、馬宮に自分の知っている秘密を1つ打ち明けた。
「それ……。本当なんですか烏丸さん。だったら今すぐ仁礼野さんを助けにいかないと」
「無駄だよ。パーティールームのドアは今ごろ変な力で開かないだろうし、反省会が終わるまで解放されないよ。諦めな」
烏丸はどこまでもドライだった。馬宮が小部屋を出ていこうとすると入り口ドアの前に両手を広げて立ちふさがった。
「そこをどいてください烏丸さん!」
「いい加減にしなよ馬宮。行っても無駄だって言ってんだろ!アンタ仁礼野さんが今どんな気持ちで反省会やってるのかわかってんのか‼︎」
烏丸が馬宮のジャケットの襟をつかんで強く揺さぶった。烏丸の両目は赤く充血し、涙で潤んでいた。
「烏丸さん、ちょっと落ちついて」
「アンタだって、仁礼野さんみたいになったらわかるよ。自分の体がとっくに死んでるのに……魂だけで生かされてる状態になったら」
またもわけのわからないことを言って烏丸が顔を上げる。馬宮と目が合うと泣きはらした目を見られたくないのか顔をうつむかせた。まだ言うなと止められていたのに2つ目の秘密を言ってしまった自分を悔やんだ。
*
頭が、腕が、足が、目が。体のあらゆるパーツが3体のマスコットキャラクターたちの手であっという間に引きちぎられてバラバラにされていく。着ていたキャップと作業着はボロ布同然になった。
痛みはない。肉体はとうの昔に捨て去ったのだから。この体は今、魂を守るためのただの《殻》だ。バラバラにされたらまた組み立て直せばいい。
もう視覚すらないが、少し離れたところにFOXが立ちつくしているのがわかる。反省会を他の3体がステージ上で始めてからずうっと悲しげな声で鳴いている。
頭を支えていた紐やリボンや綿が切れ、仁礼野の首が体から外れてぶら下がった。工場に散らばる廃材などを使って作り上げたありあわせの体を構成する皮膚も筋肉も骨格も、着ぐるみたちのふるう純粋な暴力によって欠片も残らないほどに容赦なくズタズタにされていく。
目の前で繰り広げられる惨劇に耐えきれなくなったのかFOXが一際大きく鳴いた。仁礼野の体を徹底的に破壊しつくした3体は何事もなかったかのようにステージに整列すると再び目を閉じた。
FOXがステージの中央に放置された仁礼野の残骸に駆けよってくる。怪我した左足を動かすたびに、ぎいぎいと軋んだ音がする。
FOXはバラバラになった仁礼野の殻の中から片手にのるくらいの大きさの脈打つように発光する黄色い石のようなものを拾い上げて胸に抱き、顔をすりよせて甘えた声で鳴いた。
*
烏丸から反省会と仁礼野の秘密を明かされた馬宮は一体どうしたらいいのかわからずに途方にくれていた。突然仁礼野がもう生きてないだの、魂がどうだのと言われて「はいそうですか」などと素直に信じられるはずがない。
「……反省会ってどのくらいかかるんですか」
「……不定期だし日によって違う。あとは……完全にあの子たちの気分次第。短いと数10分くらいで終わるし、長いと1時間以上あるいは毎夜続くこともある。今夜はどうかな……。馬宮4番カメラの電源1回入れてみて」
烏丸は天然水を飲み切って馬宮にモニターを再度つけるように言う。馬宮は4番カメラの電源を入れる。少しのタイムラグがあった後、画面が復活する。パーティールームのステージの中央にはFOXの後ろ姿と足元にバラバラになった何かの残骸が散らばっていた。それを見た烏丸がひゅっ、と息を飲む。顔がみるみるうちに青ざめていく。
「仁礼野……さん、ああ……そんな」
「烏丸さん、あれ……本当に仁礼野さんなんですか」
「あそこ。足元に被ってたキャップが落ちてる。それとFOXが手に……石みたいなの、持ってるでしょ。あれが、仁礼野さんの……」
「魂?」
馬宮がそう返すと烏丸はモニターを見ずにただ頷いた。馬宮の頭の中で烏丸から聞いた話がやっと現実味をおびだした。胃から喉にかけて酸っぱいものが上がりはじめた。馬宮は口を押さえる。そうでもしないとここで吐いてしまいそうだった。烏丸はすっ、と片手を上げ、別のモニターを馬宮に指し示す。そこにはステージの奥が映っている。ドアには関係者以外立ち入り禁止のテープがいくつも斜めになって貼られている。
「あそこに……あるの。仁礼野さんの体。アタシがこの工場に来てから、いや……それよりもずっと前から。1回だけ、仁礼野さんが見ていない時を狙ってあそこに入ってみたの。そしたら……」
「何が、あったんですか」
「黄色いキツネの着ぐるみを着たまま死んでる仁礼野さん。体は腐りかけ……ううん、半分骨が見えてたからだいぶ経ってたのかもしれない。アタシはすぐに部屋を出て小部屋まで走って戻った。たぶん……バレてはなかったと思う」
烏丸は一気にしゃべってからくぐもった声をだし口元を両手で押さえた。その時ステージ奥の部屋で見たものが頭の中へ一気にフラッシュバックしてくる。あれは……見てはいけない。この先も永遠に秘密にしておかなければいけないものだ。
「ごめん馬宮……アタシちょっと吐きそうだからトイレ行ってくる。モニター見てて」
「はい、お気をつけて」
「うん。すぐ戻るから」