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第3話

 あの時の俺は、まるで世界を敵に回しているような気分だった。


 高校生だった俺は、とにかく喧嘩っ早かった。目が合えば喧嘩、口論になれば即応戦。他校の不良どもとやり合うこともしょっちゅうだった。


「アハハハッ!痛ぇか? こんなんじゃ俺に勝てねぇんだよ!」


 相手が呻き声を上げるのを見るのが快感だった。誰よりも早く、誰よりも残酷に——それだけが俺の存在証明だった。


 当然、そんな奴に近づこうとする奴なんていない。俺は周囲から腫れ物扱いされていた。


 ……ただ一人、雪だけは違った。


「また試験サボって喧嘩してきたの? ほんっと馬鹿だよね〜。それじゃ成績落ちるの当たり前だよ」


 雪は幼馴染だ。俺のどんな姿を見ても引かなかった。俺が血まみれで帰ってきても、眉一つ動かさずに絆創膏を渡してきた。


「うるせぇな。先に仕掛けてきたのは向こうだ。俺は正当防衛だっつーの」


「へぇへぇ。でも先生にはちゃんと謝っときなよ。反省したフリでもいいからさ」


 口うるさいけど、いつだって俺を見捨てなかった。勉強も教えてくれたし、一緒に登校もしてくれた。


「なぁ雪……おれなんかとつるんでていいのか? 変な噂とか立たねぇ?」


「うーん、今のところ何も言われてないよ? そもそも幼馴染だし。私が関わらなくなったら、悠、ほんとに孤立しちゃうじゃん」


 その言葉で、俺は自分の気持ちに気づいた。こいつを好きになったんだと。


 雪は俺の世界を変えてくれた。俺の荒れた心を、少しずつ溶かしてくれた。だから俺は変わろうと思った。彼女の隣に立てる人間になりたくて、喧嘩の虫を押さえ込み、勉強に向き合った。


 その甲斐あって、なんとか大学に進学できた。心理学部——特に臨床心理学を専攻したのは、自分の中の「怒り」の正体を知りたかったからだ。


 そして、大学二年のある日。俺は一つの扉を叩いた。


「初めまして。私は飛鳥探偵事務所の所長、中沢飛鳥よ。渋谷で探偵をしているの」


 所長は端正な顔立ちで、鋭い目をしていた。


「あなたの経歴、全部見たわ。前科はないけど……喧嘩で有名だったらしいじゃない」


 正直、ダメ元だった。探偵ってのは資格や学歴がそこまで重視される職業じゃない。でも、まさかこんな俺を本当に採ってくれるとは思っていなかった。


 でも飛鳥は違った。


「人の心を読めるのも才能の一つよ。臨床心理学を専攻していたっていうのも、強みになる」


 こうして、俺は晴れて「探偵」になった。



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