あの時の俺は、まるで世界を敵に回しているような気分だった。
高校生だった俺は、とにかく喧嘩っ早かった。目が合えば喧嘩、口論になれば即応戦。他校の不良どもとやり合うこともしょっちゅうだった。
「アハハハッ!痛ぇか? こんなんじゃ俺に勝てねぇんだよ!」
相手が呻き声を上げるのを見るのが快感だった。誰よりも早く、誰よりも残酷に——それだけが俺の存在証明だった。
当然、そんな奴に近づこうとする奴なんていない。俺は周囲から腫れ物扱いされていた。
……ただ一人、雪だけは違った。
「また試験サボって喧嘩してきたの? ほんっと馬鹿だよね〜。それじゃ成績落ちるの当たり前だよ」
雪は幼馴染だ。俺のどんな姿を見ても引かなかった。俺が血まみれで帰ってきても、眉一つ動かさずに絆創膏を渡してきた。
「うるせぇな。先に仕掛けてきたのは向こうだ。俺は正当防衛だっつーの」
「へぇへぇ。でも先生にはちゃんと謝っときなよ。反省したフリでもいいからさ」
口うるさいけど、いつだって俺を見捨てなかった。勉強も教えてくれたし、一緒に登校もしてくれた。
「なぁ雪……おれなんかとつるんでていいのか? 変な噂とか立たねぇ?」
「うーん、今のところ何も言われてないよ? そもそも幼馴染だし。私が関わらなくなったら、悠、ほんとに孤立しちゃうじゃん」
その言葉で、俺は自分の気持ちに気づいた。こいつを好きになったんだと。
雪は俺の世界を変えてくれた。俺の荒れた心を、少しずつ溶かしてくれた。だから俺は変わろうと思った。彼女の隣に立てる人間になりたくて、喧嘩の虫を押さえ込み、勉強に向き合った。
その甲斐あって、なんとか大学に進学できた。心理学部——特に臨床心理学を専攻したのは、自分の中の「怒り」の正体を知りたかったからだ。
そして、大学二年のある日。俺は一つの扉を叩いた。
「初めまして。私は飛鳥探偵事務所の所長、中沢飛鳥よ。渋谷で探偵をしているの」
所長は端正な顔立ちで、鋭い目をしていた。
「あなたの経歴、全部見たわ。前科はないけど……喧嘩で有名だったらしいじゃない」
正直、ダメ元だった。探偵ってのは資格や学歴がそこまで重視される職業じゃない。でも、まさかこんな俺を本当に採ってくれるとは思っていなかった。
でも飛鳥は違った。
「人の心を読めるのも才能の一つよ。臨床心理学を専攻していたっていうのも、強みになる」
こうして、俺は晴れて「探偵」になった。