警視庁・拘留室
「――奴と二人にしてくれ」
浪野の一言に、釜野は無言でうなずき、静かに部屋を後にした。
浪野は椅子を引いてゆっくりと腰を下ろす。対面に座る男が、目を伏せたまま口を開いた。
「俺の名はグリス。貴様が来るのを待っていた。海賊どもを野放しにするわけにはいかん。世界を繋ぐ力を持つお前の力が、今こそ必要だ」
「……は? お前、誰だよ。『世界を繋ぐ』って、何の話だ?」
唐突な言葉に浪野が眉をひそめると、グリスは虚空を見つめながら、低くつぶやいた。
「――長野にある“下町研究所跡地”へ行け。そこに全ての真実が眠っている」
その瞬間、グリスの指先が灰色に変色していく。
異様な光景に、浪野は思わず息を呑んだ。
「お前が……この腐りきった運命を変えるのだ……」
言い終えると同時に、グリスの全身が石のように硬化し、動かなくなった。
何が起きたのか理解しきれないまま、浪野はその場を飛び出す。
釜野への報告も後回しにして、彼は車を走らせた。
「――雪も、他の被害者も、もしかしたら……!」
胸中に強い確信が芽生えた浪野は、アクセルを踏み込み、新宿の街をワゴン車で駆け抜けた。
長野県郊外・下町研究所跡地
日が落ち、研究所跡地は夕闇に包まれていた。
浪野は車を建物のそばに停め、懐中電灯と、違法に入手した拳銃を手に慎重に足を踏み入れる。
薄暗い廊下を進むにつれ、異様な静けさと寒気が肌を刺した。
最奥の扉にたどり着くと、深く息を吸い込み――
「手を上げろ! 警察だ!」
扉を蹴破って突入した。
しかし、そこにあったのは荒れた木造の空間だけ。
――と思いきや、奥にもう一つの扉が立てかけられていた。
浪野が慎重にその扉を開くと、予想外の景色が広がっていた。
まるで別世界だ。
薄汚れた施設とは対照的に、内部はまばゆい照明と重厚な装飾に包まれた回廊。
拳銃を構えたまま、彼はその空間を進む。
そして回廊の突き当たり、大扉を開くと――
そこは異様な“宴”の真っ只中だった。
仮面を被った紳士淑女たちが、檻の周囲に集まっている。
檻の中では、手足を鎖で拘束された子供や女性たちが泣き叫んでいた。
「……まさか……こんな場所が、研究所の中に……?」
愕然としながら檻に近づいた浪野は、さらに信じ難い光景を目撃する。
淑女たちが被害者の手足を貪るように食らっていたのだ。
瞬間、怒りと恐怖が体を駆け巡った。
浪野は近くの淑女を羽交い締めにし、拳銃を突きつける。
「動くなァ!! 今すぐ檻の鍵を開けろ!! さもなくば、こいつを撃ち殺す!」
凄絶な叫びとともに、浪野の銃口が淑女の頭に向けられる。
だが次の瞬間――
背後から衝撃。
狼の姿をした大男が浪野の後頭部を殴りつけ、彼は意識を失った。
雪山・未明
どこかで風が唸っている――
凍てつく風に意識を引き戻され、浪野はうっすらと目を開けた。
「……っ、ここは……?」
そこは吹雪が吹き荒れる雪山の中だった。
体を震わせながら立ち上がろうとしたそのとき、目の前に巨大な蛇が現れる。
冷たい瞳が浪野を見据え、牙を剥いた。
「くそ……終わりかよ……」
絶体絶命の瞬間――
銃声が響いた。
大蛇の頭部がはじけ飛び、地面に崩れ落ちる。
そして――煙の向こうから、誰かが近づいてくる。