いやいや、ちょっと待て。並行世界? 能力?
さっきからこのジジイ、何をトチ狂ったことを言ってやがるんだ。
「長野の研究所の裏に、こんな雪山なんてあるわけねえだろ。……ここは一体、どこなんだよ?」
俺が顔をしかめて問い詰めると、コロウは眉をひそめ、怪訝そうに言った。
「長野? 研究所? ……一体何を言っておる」
「おいおい、ここは長野県だろうが!」
「……ここはアルタイル王国だぞ。お主、頭を殴られて混乱しているんじゃないか?」
ありえない。だが、コロウの目は本気だった。ふざけている様子も、からかっているような気配もない。
俺はふらつきながら立ち上がり、棚に立てかけられていた地図を手に取った。そして、目の前の現実に絶句する。
「……なんだよ、これ……」
地図には、見たこともない国名と広大な大地がいくつも広がっていた。その中に、たしかに「アルタイル王国」と書かれた名もあった。
腰が抜けるとは、まさにこのことだ。膝が勝手に崩れ落ち、床に座り込む。
俺の様子を見たコロウが、静かに口を開いた。
「お主……もしや、別世界から来たのか? だが、どうやって……」
一瞬考え込みかけたが、すぐに首を振る。
「まあいい。何かの拍子で迷い込んだのだろう。そういうこともある」
そんなわけあるか、と叫びたかったが、口が動かなかった。俺はただ、茫然と天井を見上げていた。
それを見たコロウが、やかんの湯気に目をやりながら続ける。
「……帰る手段が見つかるまで、ここに泊まっていくといい。明日は、ふもとの港町へ行く。ついて来たければ、ついてこい」
火の灯った暖炉の前で、現実離れした空気だけが、静かに流れていた。