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第5話

 いやいや、ちょっと待て。並行世界? 能力? 


 さっきからこのジジイ、何をトチ狂ったことを言ってやがるんだ。


「長野の研究所の裏に、こんな雪山なんてあるわけねえだろ。……ここは一体、どこなんだよ?」


 俺が顔をしかめて問い詰めると、コロウは眉をひそめ、怪訝そうに言った。


「長野? 研究所? ……一体何を言っておる」


「おいおい、ここは長野県だろうが!」


「……ここはアルタイル王国だぞ。お主、頭を殴られて混乱しているんじゃないか?」


 ありえない。だが、コロウの目は本気だった。ふざけている様子も、からかっているような気配もない。


 俺はふらつきながら立ち上がり、棚に立てかけられていた地図を手に取った。そして、目の前の現実に絶句する。


「……なんだよ、これ……」


 地図には、見たこともない国名と広大な大地がいくつも広がっていた。その中に、たしかに「アルタイル王国」と書かれた名もあった。


 腰が抜けるとは、まさにこのことだ。膝が勝手に崩れ落ち、床に座り込む。


 俺の様子を見たコロウが、静かに口を開いた。


「お主……もしや、別世界から来たのか? だが、どうやって……」


 一瞬考え込みかけたが、すぐに首を振る。


「まあいい。何かの拍子で迷い込んだのだろう。そういうこともある」


 そんなわけあるか、と叫びたかったが、口が動かなかった。俺はただ、茫然と天井を見上げていた。


 それを見たコロウが、やかんの湯気に目をやりながら続ける。


「……帰る手段が見つかるまで、ここに泊まっていくといい。明日は、ふもとの港町へ行く。ついて来たければ、ついてこい」


 火の灯った暖炉の前で、現実離れした空気だけが、静かに流れていた。

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