翌朝、夜通し荒れ狂っていた吹雪は嘘のように止み、空には澄みきった青が広がっていた。
俺はコロウのあとについて、小屋を後にする。雪を踏みしめながら、山を下っていく。
——この異世界に、雪と子供たちが連れ去られた。
帰る手段があったとしても、このまま引き返すわけにはいかない。
前を歩くコロウは、がっしりした背中に猟銃を背負い、棚から持ち出した金貨をポケットに滑り込ませていた。
「オイ、じいさん。いつまで歩かせる気だよ」
「もうすぐだ。……見えてくるはずじゃ」
その言葉通り、視界の向こうに鮮やかな青が広がり始めた。
さっきまでの雪と吹雪が嘘のような、まるで絵画のような景色だった。
「……雪山の下に、こんな海があるなんてな」
紺碧の海を背に、港町が姿を現す。
「着いたぞ。港町ダイアリーだ」
街に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。通りには人の声が溢れ、活気ある市場の掛け声がそこかしこに響いていた。
「……なあ、なんであいつら耳が尖ってんだ?」
通りを行き交う住民たちの耳は、どれも三角形に尖っている。
「いいか。ここに住む者たちは“エルフ”という異種族だ」
「エルフ? なんだそりゃ」
「耳以外は人間と変わらん。だが、一つだけ決定的に違う点がある」
その瞬間だった——。
「キャーッ!!」
甲高い悲鳴が市場を切り裂き、街のざわめきが一瞬にして凍りつく。
人々の視線が、八百屋の前に集まった。乱雑な足音と共に、誰かが市場を駆け抜けていく。
「……ただの泥棒か」
「コソ泥が……即刻、逮捕だろうが」
俺はネクタイを外し、第一ボタンをはだける。そして、不敵に笑った。
「……行く気か?」
「ああ、もちろんだ」
走り出す。懐から拳銃を抜き、男の背中を正確に狙った。
バァン!
銃声が響き、泥棒の腹を正確に撃ち抜く。男は「ぎゃああぁっ!」と叫びながら膝から崩れ落ちた。
「ハハハ、何やってんだよぉ、てめぇぇえ!」
俺はそのまま男の上に馬乗りになり、拳を叩き込む。一発、二発、三発——。
息を吐き、無線を取り出した。
「……こちら飛鳥探偵事務所、現行犯で男を確保。引き渡しは……まぁ、いつになるかはわからねぇがな」
その時、八百屋から一人の少女が駆け寄ってきた。
「あ、あの……ありがとうございます。お怪我は……?」
「ああ、大丈夫。金も無事に取り返した。あんたに返すよ」
「私、アリスって言います! 八百屋の手伝いしながら、王都の大魔術学校に通ってるんです。もしよければ……お礼させてください!」
「いや、金を返しただけだっての」
「いいからいいから! パパとママに伝えてくるね!」
アリスは満面の笑みを浮かべたまま、八百屋へと走っていった。
コロウが背後から歩いてきて、肩を叩いた。
「……済んだか?」
「ああ、終わったよ」
彼はポケットから金貨を取り出して、俺に差し出した。
「ほれ、100ポカやる。どの店でもいいから、なんか買ってみろ」
「は? なめんなよ。おつかいぐらいできるわ」
だが、コロウは真顔で言った。
「お主はこの世界の常識を知らん。れっきとしたよそ者じゃ。……そんなお前を、わしはかくまっておる」
「……で、何が言いたいんだよ」
「いいか。決して、この世界のエルフを信用するな」
その言葉には、どこか切迫した響きがあった。
「その理由は……お前もあの会場で見たはずだ。——この世界のエルフは、人間を食う」
ゾクリと背筋が凍った。だが、俺は肩をすくめ、にやりと笑った。
「安心しろよ。……食われる前に、俺が全員、殺してやる」