港町ダイアリーの騒ぎが静まり返ったわずか数分後——。
町の上空、約五十メートル。
鋭く湾曲した嘴と、黒い羽毛に覆われた長身の男が、潮風に揺れながら空中を旋回していた。
彼の名はバードリー。鳥のような姿をした、ティード海賊団の偵察係だ。
「ケケケ……あれが、別世界から迷い込んだという人間か。面白くなってきたな……。ティード船長に報告せねば」
バードリーは大きく羽ばたき、海風に乗って飛び立った。
潮の匂いが濃くなる。陽光を跳ね返す水面の下、遥か彼方の水平線を目指して滑空する。
やがて、どこまでも広がる海の真ん中に、黒塗りの巨船が浮かんでいた。
巨大な帆をはためかせ、木製の船体にはドクロの紋章が彫られている。
——それが、ティード海賊団の
バードリーは甲板に降り立つと、そのまま中央の舷階を駆け上がり、玉座の間へと歩を進めた。
「ティード船長、ただいま戻りました」
バードリーは翼をたたみ、恭しくひざまずいた。
「報告しろ、バードリー」
玉座に腰掛ける男が、ワイングラスを揺らしながら言った。
ティード——体躯は常人の倍ほどもあり、黒銀の長髪を背に流し、分厚いマントを羽織っている。
その姿はまさに、海の王と呼ぶにふさわしかった。
「我らがかつての研究所跡にて接続されたゲートから、どうやら一人の人間がこの世界に迷い込んだ模様です」
「ゲートは閉じたはずではなかったのか?」
「その通りです。ですが、ゲートの痕跡は残っており……不自然な点が多々あります」
ティードは、ふむ、と低く唸った。
グラスを傾けながら、視線を奥の牢へと移す。
「……やはり、“世界を繋ぐ能力”を持った者が他にも存在しているのだろう。ガウスと、あの女の他にもな」
「まさか……!それが真実なら、もはや前代未聞ですぞ」
ティードの視線の先、鉄格子の奥に、少女が一人うずくまっていた。
その名は——雪。
「なぁ、雪とかいう人間よ。貴様は他の奴隷とは違う。お前には並行世界を繋ぐ力がある。それを我らは必要としているのだ」
「……帰らせてよ。お願い、家に帰して……」
弱々しく、それでも意志を持って彼女は言い返す。
「諦めろ。助けなど、来るはずがない」
「……悠は来る。必ず、あんたを捕まえに来る!」
ティードは無言のまま立ち上がり、牢の前に歩み寄ると、鉄格子の隙間から彼女を見下ろした。
唇に、皮肉めいた笑みを浮かべる。
「強情な女だ。嫌いじゃない」