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第7話

 港町ダイアリーの騒ぎが静まり返ったわずか数分後——。


 町の上空、約五十メートル。

 鋭く湾曲した嘴と、黒い羽毛に覆われた長身の男が、潮風に揺れながら空中を旋回していた。

 彼の名はバードリー。鳥のような姿をした、ティード海賊団の偵察係だ。


「ケケケ……あれが、別世界から迷い込んだという人間か。面白くなってきたな……。ティード船長に報告せねば」


 バードリーは大きく羽ばたき、海風に乗って飛び立った。

 潮の匂いが濃くなる。陽光を跳ね返す水面の下、遥か彼方の水平線を目指して滑空する。


 やがて、どこまでも広がる海の真ん中に、黒塗りの巨船が浮かんでいた。

 巨大な帆をはためかせ、木製の船体にはドクロの紋章が彫られている。

 ——それが、ティード海賊団の旗艦ノクターナルだった。


 バードリーは甲板に降り立つと、そのまま中央の舷階を駆け上がり、玉座の間へと歩を進めた。


「ティード船長、ただいま戻りました」


 バードリーは翼をたたみ、恭しくひざまずいた。


「報告しろ、バードリー」

 玉座に腰掛ける男が、ワイングラスを揺らしながら言った。


 ティード——体躯は常人の倍ほどもあり、黒銀の長髪を背に流し、分厚いマントを羽織っている。

 その姿はまさに、海の王と呼ぶにふさわしかった。


「我らがかつての研究所跡にて接続されたゲートから、どうやら一人の人間がこの世界に迷い込んだ模様です」

「ゲートは閉じたはずではなかったのか?」


「その通りです。ですが、ゲートの痕跡は残っており……不自然な点が多々あります」


 ティードは、ふむ、と低く唸った。

 グラスを傾けながら、視線を奥の牢へと移す。


「……やはり、“世界を繋ぐ能力”を持った者が他にも存在しているのだろう。ガウスと、あの女の他にもな」


「まさか……!それが真実なら、もはや前代未聞ですぞ」


 ティードの視線の先、鉄格子の奥に、少女が一人うずくまっていた。

 その名は——雪。


「なぁ、雪とかいう人間よ。貴様は他の奴隷とは違う。お前には並行世界を繋ぐ力がある。それを我らは必要としているのだ」


「……帰らせてよ。お願い、家に帰して……」

 弱々しく、それでも意志を持って彼女は言い返す。


「諦めろ。助けなど、来るはずがない」


「……悠は来る。必ず、あんたを捕まえに来る!」


 ティードは無言のまま立ち上がり、牢の前に歩み寄ると、鉄格子の隙間から彼女を見下ろした。

 唇に、皮肉めいた笑みを浮かべる。


「強情な女だ。嫌いじゃない」

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