薄暗い拷問部屋の中で
「う、ああ……」
どろりとした酒のような液体が頭に注がれていく感覚で、俺は目を覚ました。天井の木目が歪んで見え、体を動かそうとしても、椅子に縛られていてびくともしない。周囲には海賊と思しき連中が五人。だが、あの“狼男”――ティードの姿はなかった。
「起きましたぞ、船長」
左から声がして、そちらに目を向けると、そこには鳥のような姿の獣人がいた。人間のように二足で立ち、俺の頭から酒を注ぎ続けている。
「ぐっ……やめろ!」
口から酒が流れ込み、うまく呼吸ができない。咳き込みながらも必死に顔を背ける。
「人間ごときが我らに逆らうとは、愚か者め! 酒に溺れて果てるがいい!」
「げほっ、げほっ!」
「やめろと言っているのがわからんのか――ッ!!」
その怒声とともに、部屋の中央に立っていた海賊が姿を変えた。狼の顔、異様な風格、圧倒的な威圧感。ティードだった。
獣化したティードは、バードリーと呼ばれた鳥人を一撃で殴り飛ばす。羽根の塊が壁に叩きつけられ、鈍い音が響いた。
「ひぃぃっ、申し訳ございませんんんっ! 許してくだされぇぇ!」
床に這いつくばるバードリーを、ティードは無言で踏みつけた。その目が、次に俺を射抜く。
「貴様、人間の世界で俺の部下に手を出したそうだな?」
「はぁっ、はぁっ……だったらどうだってんだよ……あぁ?」
「お前の名前は、雪とかいう女から聞いたことがある」
俺の目がかすかに見開かれたのを見て、ティードの口元がつり上がる。
「助けに来た白馬の王子様がこのザマとはな。……何がしたかった? コロウにでも頼るつもりだったか?」
言葉の一つひとつが、深く刺さってくる。
「だがな、もう遅い。貴様は無謀だった。それだけのことよ」
ティードはサーベルを抜き、俺の首元に刃を押し当てる。
「トンネルで俺たちをどうすると言ったっけ? 忘れたとは言わせんぞ」
「……あ?」
「どう・する・か、と聞いている!!」
怒声とともに刃先が喉元に食い込む。血の気が引いた。
「バラバラにしてやる、だったか? ……それがこのザマだ。笑わせるな、小僧」
海賊たちがくくっと笑い始める。
「世界を繋ぐ女はすでに手に入れた。貴様はもう用済みだ。ここで……殺す」
――あ、これ、死ぬな。
ティードが剣を振りかぶる。視界が白くなった、その瞬間――
「水魔法――ドルフィンズ!」
鋭い声とともに、部屋の中に青白いイルカが現れた。半透明のそれは、ティードたちの周囲を泳ぐように飛び回り、混乱を引き起こす。
「誰だ、貴様!」
「よぉ、海賊ども。探偵君、引き取りに来たぜぇ」
声の主は、天井に張り付いた一人の鎧姿の男だった。竹槍を手に構え、視線を鋭く光らせている。
「撃てぇッ!」
バードリーが叫ぶと同時に、銃声が鳴り響く。狭い部屋の中に火薬の匂いが立ち込める。
だが、男は弾丸を見切ったかのように、すらりとそれらをかわしていく。
「ほいほいほいっと!」
目にも留まらぬ動きで俺の元へと跳び、いつの間にか拘束を解いていた。
「な、なにがどうなって――」
「とんずらこくぞ!」
そのまま俺を担ぎ、窓から海へと飛び出した。
「ドルフィンズ!」
再び現れたイルカが、足元をすくい支え、海の上を滑るように走る。
「よう、探偵。俺の名はダグ。我がアルタイル王国の王様が、お前に用があるってさ。俺はそのお迎えに来た」
走りながら、ダグは兜を外した。
見えた顔は、確かに人間のそれだった。丸い耳が、何よりの証拠だった。