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第19話

薄暗い拷問部屋の中で


 「う、ああ……」


 どろりとした酒のような液体が頭に注がれていく感覚で、俺は目を覚ました。天井の木目が歪んで見え、体を動かそうとしても、椅子に縛られていてびくともしない。周囲には海賊と思しき連中が五人。だが、あの“狼男”――ティードの姿はなかった。


「起きましたぞ、船長」


 左から声がして、そちらに目を向けると、そこには鳥のような姿の獣人がいた。人間のように二足で立ち、俺の頭から酒を注ぎ続けている。


「ぐっ……やめろ!」


 口から酒が流れ込み、うまく呼吸ができない。咳き込みながらも必死に顔を背ける。


「人間ごときが我らに逆らうとは、愚か者め! 酒に溺れて果てるがいい!」


「げほっ、げほっ!」


「やめろと言っているのがわからんのか――ッ!!」


 その怒声とともに、部屋の中央に立っていた海賊が姿を変えた。狼の顔、異様な風格、圧倒的な威圧感。ティードだった。


 獣化したティードは、バードリーと呼ばれた鳥人を一撃で殴り飛ばす。羽根の塊が壁に叩きつけられ、鈍い音が響いた。


「ひぃぃっ、申し訳ございませんんんっ! 許してくだされぇぇ!」


 床に這いつくばるバードリーを、ティードは無言で踏みつけた。その目が、次に俺を射抜く。


「貴様、人間の世界で俺の部下に手を出したそうだな?」


 「はぁっ、はぁっ……だったらどうだってんだよ……あぁ?」


「お前の名前は、雪とかいう女から聞いたことがある」


 俺の目がかすかに見開かれたのを見て、ティードの口元がつり上がる。


「助けに来た白馬の王子様がこのザマとはな。……何がしたかった? コロウにでも頼るつもりだったか?」


 言葉の一つひとつが、深く刺さってくる。


「だがな、もう遅い。貴様は無謀だった。それだけのことよ」


 ティードはサーベルを抜き、俺の首元に刃を押し当てる。


「トンネルで俺たちをどうすると言ったっけ? 忘れたとは言わせんぞ」


「……あ?」


「どう・する・か、と聞いている!!」


 怒声とともに刃先が喉元に食い込む。血の気が引いた。


「バラバラにしてやる、だったか? ……それがこのザマだ。笑わせるな、小僧」


 海賊たちがくくっと笑い始める。


「世界を繋ぐ女はすでに手に入れた。貴様はもう用済みだ。ここで……殺す」


 ――あ、これ、死ぬな。


 ティードが剣を振りかぶる。視界が白くなった、その瞬間――


「水魔法――ドルフィンズ!」


 鋭い声とともに、部屋の中に青白いイルカが現れた。半透明のそれは、ティードたちの周囲を泳ぐように飛び回り、混乱を引き起こす。


「誰だ、貴様!」


「よぉ、海賊ども。探偵君、引き取りに来たぜぇ」


 声の主は、天井に張り付いた一人の鎧姿の男だった。竹槍を手に構え、視線を鋭く光らせている。


「撃てぇッ!」


 バードリーが叫ぶと同時に、銃声が鳴り響く。狭い部屋の中に火薬の匂いが立ち込める。


 だが、男は弾丸を見切ったかのように、すらりとそれらをかわしていく。


「ほいほいほいっと!」


 目にも留まらぬ動きで俺の元へと跳び、いつの間にか拘束を解いていた。


「な、なにがどうなって――」


「とんずらこくぞ!」


 そのまま俺を担ぎ、窓から海へと飛び出した。


「ドルフィンズ!」


 再び現れたイルカが、足元をすくい支え、海の上を滑るように走る。


「よう、探偵。俺の名はダグ。我がアルタイル王国の王様が、お前に用があるってさ。俺はそのお迎えに来た」


 走りながら、ダグは兜を外した。


 見えた顔は、確かに人間のそれだった。丸い耳が、何よりの証拠だった。



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