……目が覚めた時、俺は豪華な寝台の上に横たわっていた。
天蓋付きのベッド、絹のシーツ、窓から差し込む暖かな光。それらが、この場所が病室ではなく、王宮の医務室であることを物語っていた。
「今度は……どこだよ」
ぼそりと呟いた声に応えるように、引き戸が音を立てて開く。
「おおお、目が覚めましたか」
入ってきたのは、黒いスーツにマントを羽織った丸坊主の男だった。眼鏡をかけたその顔には笑みが浮かんでいるが、どこか得体の知れない気配を漂わせている。
「私はメント。王室付きの医者です。目覚めて早々申し訳ありませんが、クライス王がお呼びです。ご案内いたします」
メントは礼儀正しく頭を下げ、引き戸を押さえて待っていた。
……なんだ、このハゲ。ついて行けばいいんだろ? けど――
彼の耳を見た瞬間、俺の中で警戒心が一気に跳ね上がった。
――尖っている。
アリスと同じ、こいつは間違いなく“人間を喰う”側のエルフだ。
……もう迷わない。この世界で雪を救うためなら、たとえ誰であろうと、殺してやる。
俺はポケットに手を入れ、ナイフを探る――
……ない。ナイフも、拳銃も、すべて取り上げられていた。
「……!」
その瞬間、メントが足を止め、こちらを振り返った。
「変な気は起こさないことです。あなた方の世界など、我々にかかれば――二分で滅びますよ」
声色は穏やかだが、その言葉は氷のように冷たかった。
「ご安心を。我々はあなたを喰うわけではない。……たとえ、あなたが“人間の家畜”であろうと、ね」
俺は無言で唾を飲み込んだ。
長い廊下を抜け、大きな扉の前にたどり着く。鎧を着た兵士が恭しくその扉を押し開けた。
まばゆい光が差し込む玉座の間。奥にある高い椅子――そこには、昼寝でもしていたのか、頬杖をついた男がだらしなく座っていた。
青のスーツに赤いマント、整えられた髭。男はゆっくりと目を開けた。
「んあぁ……?」
間の抜けた声を漏らしながら、男は俺に視線を向けた。
「彼がアルタイル王国の王、クライス王だ」とメントが紹介する。
「……あれが、クライス王かよ」
「すまんすまん、昼寝が好きでね。仕事のないときはほとんど寝ているんだ」
クライス王はあくび混じりに言いながらも、俺の目をじっと見据えた。
「ふむ……君が“世界を繋ぐ力”を持つ人間か」
「よう、元気そうだな」
声がして、部屋の陰からダグとコロウが現れた。
「無事のようじゃな」コロウが頷く。
「じいさん、あんたが事情を話してくれたのか?」
「ああ、そうだ」
「――クライス王。教えてくれ。この“力”は、いったいなんなんだ」
クライスは立ち上がり、玉座から降りながら語り出す。
「我々はその力を“ウォーク”と呼んでいる。世界と世界を繋ぐ力だ」
「……ティードの目的は、そのウォークの使い手同士に子を産ませること。だがこの力はエルフには発現しない。だから奴らは、人間の世界から女や子供をさらっていたのだ」
頭の中で何かが繋がった。トンネルで俺を襲ったあの男――
「ティードの配下に“ガウス”という人間がいる。彼もウォークの使い手だ」
間違いない。あの時のヤツだ。
「なぜ君たち人間にウォークの力があるのかは、我々にも分からない。だが、君の力は――間違いなく、この戦いの鍵になる」
「……言いたいことは分かった。それで? 結局、何が望みだ」
クライス王の声が、静かに、だが力強く響いた。
「――我々に力を貸してくれ。ティード海賊団を、共に潰そう」