「ただいま戻りました、陛下」
高身長の金髪の青年が、礼儀正しく告げた。整った顔立ちと涼しげな目元、どこか近寄りがたい空気を纏っている。
続いて、制服姿の短髪の少女が、伸びをしながら間延びした声を上げる。
「ふわぁ〜、ただいまですぅ〜」
クライス王が玉座から彼らに目を向けた。
「ちょうど良いところに来たな。お前たちの話をしていたところだ」
少女はぱっと顔を輝かせて、こちらに歩み寄ってくる。
「おぉっ!君が悠くんだね!? ウォーク能力者の人間さん!」
その無邪気な笑顔に、思わず身構える。
「おい、人間。カノンから離れろ」
金髪の剣士が低く鋭く言い放った。
「こいつが勝手に寄ってきたんだろうが」
「カノン、そんな家畜の元に近寄るな。臭いが移る」
その言葉に、悠の中で何かがはじけた。
「おい金髪……殺されてぇのか? あ?」
「だったらどうする。丸腰の貴様に、俺が倒せるか?」
悠はポケットに手を突っ込み、吠えた。
「死にてぇみたいだな……繋がれぇ!」
突如、空間が裂け、ゲートが出現する。向こう側から、ものすごい勢いでトラックが突進してきた。
「うわぁぁぁぁあああ! なんなんだよぉぉー!!」
運転手の悲鳴も虚しく、トラックは金髪の剣士へと突っ込んで——
轟音と共に王室の床が爆発的に揺れた。
煙の中、金髪の男は一歩も動かず、無傷でそこに立っていた。
「ふん。この程度か。世界を繋ぐ力を持つ人間とやらは」
「……あはは、さすがに殺せねぇか」
場の空気がぴりつく中、制服の少女が慌てて割って入る。
「お、おちついてよ! 二人とも! 喧嘩してる場合じゃないでしょ!?」
彼女は剣士に寄り添い、その様子を気遣うように尋ねた。
「どしたの? つらいことあった? 貴方のお話、いっぱい聴きたいな」
剣士は目を細め、ようやく表情を緩めた。
「あぁ、すまん。少し気が張っていたようだ」
悠がクライス王に向き直る。
「で、こいつらも騎士団ってやつか?」
「その通りだ。雷鳥の魔法を操るクリスは、極めて高い機動力を誇る剣士。そしてカノンは、まだ学生ながら剣の腕は一級品だ」
「クリスが失礼なこと言ってごめんね。私はカノン! あなたとも仲良くしたいな。よろしくね!」
悠は苦笑しながら応じた。
「こっちも悪かったよ。……にしても、綺麗な顔してんな。学校じゃモテるだろ?」
「うん、まぁ。でも私にはクリスがいるから! それにね、わたし“男”なの!」
「……は?」
信じがたい。どこからどう見ても、顔も体も声も、完璧に女の子だ。
「カノン! そんな奴と話すな! 戻ってこい!」
「はぁーい」
カノンは駆け寄り、クリスの右腕にぴたりと寄り添った。
悠は思わずため息をつく。
(まともなのは、あのハゲの医者くらいか……)
「こいつらが我がアルタイル騎士団だ」
王の宣言と共に、空は不穏に揺れ始めた——
王都上空。
鳥の姿をした男の背中に、忍者のような装束の男が乗っている。
「ほぉ……攻めてくるか」
「ケケケ、船長に報告せねばな、ジャック」
「戦争か……待っていたぞ。この忍術で奴らを蹂躙してくれる」
「やめておけ。お前の技は戦には向かん」
「ふふふ……あなどるな。私は鍛錬を重ねてきた。探偵は必ずこの手で仕留めてみせる」
──港町ダイアリー。
風を切り、鳥と忍者が海賊船へと舞い戻る。
「ただいま戻りました、ティード様」
甲板に降りると、彼らは恭しく跪いた。
「……今はやめろ。ワイン飲みすぎて気持ち悪いんだ……うえぇ」
ティードは口元を押さえながら顔をしかめる。
「ティード様、敵はこちらに向かっております」
「私にお任せください。あの忌々しい探偵、今度こそ始末してみせましょう」
「女、こっちに来い」
声が凍りつく。下着姿で首輪をつけた少女が、視線を伏せて立っていた。
「……」
「来いと言ってるんだ」
ぎり、と睨みつけると、少女はとぼとぼと近づき、ティードに腕を引き寄せられた。
「貴様は人質だ。探偵に手出しをさせんためにな。だが、問題はクライスだ……奴はたとえ貴様が死んでも構わず攻撃してくるだろう」
「……やめてよ。お願い……家に帰して……」
ティードは冷笑を浮かべた。
「俺にとってもこの戦いは賭けだ。勝てば運が良い」
「俺の暗黒砲か、クライスの光魔法か……」
「どちらが上か、楽しみだ」
そう言って、男はワインを手に、上機嫌で笑った。
そして——
“海の決戦”が、いま幕を開けようとしていた。