深山一真が目を上げた瞬間、美月は彼の目に宿る深い闇を見た。
元々エリートだったのだろう、彼はこの状況にも微動だにせず、冷静に写真を枕の下にしまい、長い指でズボンの皺を丁寧に伸ばした。
数秒後、再び冷徹で距離を保った表情に戻り、先ほどの激情が幻だったかのようだ。
「まだ終わっていないのに戻すなんて、我慢できないでしょう?手伝ってあげようか?」
深山一真は冷たい視線を投げかけ、距離を取って言った。
「美月様、何かご用でしょうか。」
いつも通りだった。
桐谷琴音の写真に熱を上げるくせに、美月と向き合うと、まるで心を固く閉ざした修道士のように冷たくなる。
美月は指先で手のひらを握りしめ、桐谷琴音の無垢な顔を思い浮かべた——
明らかに自分より劣るスタイルと容姿なのに、なぜか周りは彼女の「キュア」な演技にすっかり騙されている。
もういい、自分には美貌もお金も完璧なスタイルもある。
今日から、自分を拒む者など蹴散らしてやる。
「明日、オークションがあるわ。あなたも来なさい。」
深山一真は眉をひそめた。
「本日から二日間、休暇を頂いておりますが...」
「琴音も来ると聞いたわ。」振り返りもせずに言い放つ。
しばらくの沈黙の後、深山一真は低く答えた。
「かしこまりました。」
やはり桐谷琴音の名を出せば、彼の原則など簡単に崩れる。
安心して。
すぐに、あの女を彼のもとに送るわ。
翌朝、美月が別荘を出ると、すでに深山一真が車の横に立って待っていた。
黒いスーツが彼の広い肩と細い腰を引き立て、朝の光が冷徹な横顔に金色の縁取りを施していた。
普段なら、彼女はわざと彼をからかってみたり、足を捻ったふりをして彼の胸に倒れ込んだり、耳元で息を吹きかけてみたりしていた。
だが、今日の美月はただ無言で車に乗り込み、一切視線を合わせようとしない。
深山一真は少し驚いたように彼女を見やったが、すぐに視線を逸らし、沈黙のまま助手席に座った。
車はオークション会場に向かって進んでいき、美月は窓の外をじっと見ていた。
普段なら、いろんな口実を使って彼と会話をしようとしていたが、今日は一切そうしたことはせず、車内はお互いの呼吸音さえも聞こえるほど静かだった。
オークション会場は市中心部の最上級のホテルに設置されている。
シャンデリアがホールを昼間のように照らし、名流たちが集う中で人が行き交っていた。
美月が入場したばかりで前にいる桐谷琴音を見つけた。
彼女は白いドレスを着て、黒い長髪が肩にかかり、数人の女性たちと楽しそうに笑いながら話していた、まるで無害で清純な印象を与えていた。
深山一真の視線がすぐに変わった。
彼はまだ美月の後ろで護衛の役目を果たしていたが、美月は彼の注意が完全に桐谷琴音に向けられていることを感じ取った。
「お姉様!」桐谷琴音は二人を見つけ、すぐに小走りで駆け寄り、親しげに美月の腕を組んだ。
「まあ、偶然!お姉様もご参加なんですか?」
美月は冷ややかに腕を振り払い、「触らないで」と言った。
桐谷琴音の目が目が潤み、、深山一真を見つめて、切なげに訴えた。
「私、ただお姉様と仲良くしたかっただけなのに...」
美月が入場すると、深山一真はかすかに眉を顰めた。その視線には抑えきれない嫌悪が滲んでいた。桐谷琴音はその隙をついて深山一真の袖を引っ張りながら言った。
「一真さん、聞きましたよ。前回私が熱を出したとき、ケーキが食べたくて、それを夜中に大雨の中、桐谷家に持ってきてくださったって。本当にごめんなさいね。あまりにも熱がひどくて、しばらく療養していたのでお礼が遅れてしまって…」
深山一真の冷たい表情が一瞬和らぎ、、「琴音様、気にしないでください、たまたま通りかかっていただけです。」と答えた。
通りかかった?桐谷美月は冷笑を浮かべた。
あの日、彼は五時間も姿を消して、帰ってきた時は全身がずぶ濡れだった、それを「通りかかった」だというのか?
「それでも、ちゃんとお礼しないといけない!」
深山一真は今回は拒否せず、「では、お言葉に甘えて」と頭を下げた。
「その時にはお姉様も一緒に来てね!」
桐谷琴音は美月を見て、突然驚いたように声を上げた。
「え、えっ、お姉様、どうしてそんなに疲れたように見えるんですか?私の方が病人だったのに…」
美月は冷ややかに言い放った。
「私たちそこまで親しかったかしら?愛人の娘、自分の立場をわきまえなさい。」
桐谷琴音の表情が一瞬凍りつき、深山一真の眉がますます深くひそめられた。
ちょうどその時、オークションの司会者が開始を告げ、ようやくこの気まずい会話が中断された。
美月はもう桐谷琴音に関わる気もなく、さっさと席に着いた。
もうすぐ天野家に嫁ぐ身だ。桐谷正志が天野家への贈り物を準備してくれるなど期待できない。すべて自分で準備しなければならない。これが彼女がこのオークションに来た本当の理由。
席に座った後、最初の品物が運ばれてきた。
ルビーのネックレス、開始価格は100万。
彼女は躊躇うことなく札を挙げた。
「200万。」
予想外だったのは、桐谷琴音も札を挙げたことだ。「300万。」
美月が琴音を見やると、後者はにっこり微笑んだ。
「お姉様、私もこれが気に入ったのですが、譲ってくれませんか? だって、パパからもらったお小遣い、どうやら私の方が多いみたいですし。」
美月は冷笑した。当然だ。
桐谷正志が桐谷琴音に渡すお小遣いは毎月500万円だが、彼女には5万円しかない。
母が残した遺産がなければ、きっと今頃餓死していただろう。
しかし、今は違う。彼女には100億がある。
「400万。」美月は再び札を挙げた。
桐谷琴音は明らかに驚いたが、歯を食いしばりながら値段を上げた。「450万。」
「500万。」
「550万。」
何回かの入札で、桐谷琴音の顔色はますます悪くなっていく。
「お姉様、こんなに大金、どこで手に入れたんですか? 本当に支払えるんですか?」
「1000万!」
美月は即座に倍額を提示し、その後彼女に皮肉な笑みを浮かべた。
「今払えないのはあなたじゃないですか?」
桐谷琴音の顔は青くなったり、白くなったりし、周囲の客たちはひそひそと話し始めた。
司会者が丁寧に尋ねた。「琴音様…」
「ちょ、ちょっと待ってください!」桐谷琴音は慌ててスマホを取り出し、父にメッセージを送った。
しばらくして、彼女の顔色はさらに悪くなり、どうやら拒否されたらしい。
それを見て、美月は唇をわずかに引き上げた。
桐谷正志が拒否するのは当然だ。
100億を渡してしまったのだから、もう自分の可愛い娘のためにお金なんて残っていない。
その気まずい瞬間、スーツを着た男性が会場中央に現れ、手のジェスチャーで示した。
「無制限で落札する」と。