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第9話

「彼が聞いたらどうするのよ。」

「聞いたって大丈夫よ。」琴音は気にした様子もなく言った。

「男なんて、少し甘い言葉をかければすぐ夢中になるんだから。」


美月はふと深山がこの言葉を聞いたときの顔を想像してみた。


今はボディーガードだが、あの風間が、自分がただの顔がいいヒモだと思われていることを知ったら、どんな反応をするだろう?

深山一真、いや、風間一真、これが君が必死に愛している相手なんだよ。


美月は皮肉な笑みを浮かべて、静かにその場を離れた。誰にも気づかれずに。


そのあと美月は、直接墓地へ向かった。

美月は母親の墓の前にひざまずき、墓碑の上の埃を優しく拭った。


「お母さん、私、結婚することになったの。天野家の人と……まぁ、意識不明だけど悪くないわ。少なくとも浮気はしないから。」


風が白菊を揺らし、まるで無言の返事をくれたかのようだった。


「安心して、私はあなたみたいにはならないから。」

美月は冷たい墓碑に指を滑らせながら言った。

「愛のために命まで落としたなんて、そんなの馬鹿らしいわ。私はちゃんと自分の人生を送るよ。絶対に、うまくやってみせる。」


美月は立ち上がり、最後に母親の写真を一瞥してから、振り返ることなくその場を離れた。


家に帰ると、美月は一晩中荷物を整理していた。

服、アクセサリー、アルバム……

一つ一つを丁寧に整えながら、もう二度と戻らない覚悟を決めていた。


夜が明ける頃、携帯にメッセージが入った。

【口座に100,000,000,000円が振り込まれました】


その直後、桐谷正志から電話がかかってきた。

「今日は出発しないといけない。100億は振り込んだ。深山一真のことは……」

「桐谷家に送るわ。」美月は桐谷正志の声を冷たくを遮った。

「今日から、彼は琴音のボディガードよ。私はもう彼をいらない。」


電話の向こうで少し沈黙があった後、桐谷正志は言った。

「美月、父さんは君とお母さんをずっと愛していたんだ……」


「…気持ち悪いわ。」彼女は電話を切り、その番号をブロックした。

外には引っ越し業者の車がもう到着していた。

美月は作業員に荷物を運ばせながら、深山が部屋から出てくるのを見た。


「お嬢様、これは…?」

彼は床に広がる荷物を見て、眉をひそめた。


「引っ越しよ。」


深山一真はうなずき、何も考えずにいたが、彼女が言っていた引っ越しが、北区から南区に引越すことだとは思わなかった。


「手伝おうか?」

「大丈夫。」彼女はようやく顔を向けて言った。「あなたには別の仕事があるわ。」

「別の仕事?」

「今から、甘栗を買って、琴音に渡してきて。」


深山は困惑の表情を浮かべた。

「どうしてですか?」


「行けば分かるわ。」

深山の冷たく沈んだ目に、一瞬の動揺が見えたけれど、結局、琴音に会いたい気持ちが疑念を上回った。


「お嬢様、引っ越し先の住所を教えてください。後で荷物を片付けに行きます。」


美月を守るという契約があるため、彼はいつも美月のそばにいて、どんな時でも彼女の安全を守らなければならなかった。

それが二人の間で交わされた約束だった。


しかし、美月は彼の質問には答えなかった。


深山はしばらく待ったが、彼女が答える気はないと感じ、きっと後で送られてくるのだろうと思って、黙って振り返り、部屋を出て行った。


ドアの前に立った時、深山は美月が何かを言ったような気がして振り返った。

「何か?」と尋ねると、美月は朝の光の中で静かに答えた。

「何でもないわ。さっさと行きなさい。」


彼の姿が完全に消えたあと、美月は運転手に向かって「空港までお願い。」と言った。


車の窓から景色がどんどん後ろに流れ、美月はポケットから携帯を取り出し、カードを抜いて軽くひねった。

「カチッ。」

「さようなら。」

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