風間家の若き跡取りの誕生日パーティーは、まさに度肝を抜かれるほどの豪華さだった。
敷地全体が中世の宮廷を模して飾られ、シャンデリアのクリスタルがきらめき、使用人たちはシャンパンを手に優雅に行き交う。
会場にはクラシックの生演奏が流れ、空気までもが上流階級の香りに染まっていた。
北区のそうそうたる面々が勢ぞろいし、みんな噂の“風間家の跡取り”を見ようと目の色を変えていた。
その本人──風間一真は、二階のバルコニーに佇みながら、指先に煙草を挟み、じっと邸の正門を見つめていた。
しばらくしたら佐藤が会場に入り込む。
一真は、彼の姿を見た瞬間、ほとんど駆け下りるようにして階段を降りた。
「……覚悟しておいた方がいい」
佐藤はそう言って、タブレットを差し出した。
映し出された映像は、やや荒かったが――それでもはっきりと分かる。
三年前のパーティー、あの庭の様子だった。
画面の隅、木陰の下で、真っ白なワンピースを着た少女がそっとつま先立ちし、今にも落ちそうな鳥の巣をそっと枝の上に戻していた。
木漏れ日が彼女の肩に降り注ぎ、その姿はまるで人間界に迷い込んだ精霊のように清らかだった。
一真の息が、思わず止まる。
そして、映像の終わり――
少女がようやくこちらに顔を向けたその瞬間、陽光が彼女の輪郭を金色に染める。
額にかかる前髪は汗に濡れ、頬に張りついていた。
今の派手な印象とはまるで違う、あの頃の彼女は、ただただ澄んでいた。
その顔には、見覚えがあった。
艶やかな美貌。目元のほくろ。
――それは、桐谷美月だった。
「……ッ!」
タブレットが床に叩きつけられ、鈍い音を立てる。
風間一真は、崩れ落ちそうな思いで画面を見つめた。
心臓を、冷たくて見えない何かが、ぎゅっと締め付ける。
ずっと、間違えていた。
あの日、自分が心を奪われたのは――桐谷琴音じゃなかった。
一方その頃、邸の正門では、桐谷琴音が桐谷正志の腕を取り、取り巻きの友人たちに囲まれながら優雅に姿を現した。
「ちょ、なにこの規模……えぐすぎ!」
「さすが風間家だよね~!」
「当然よ」
「オークションで琴音のために無制限落札したって噂だし、誕生日には超高価なプレゼントも贈ったらしいし!」
琴音は自信満々に顎を上げ、賛辞のシャワーを優雅に浴びていた。
桐谷正志も顔をほころばせ、周囲の実業家たちに囲まれ、上機嫌で談笑している。
桐谷家がこんなにも丁重に扱われるなど、初めてのことだった。
それだけに、彼は得意満面で話し、こう匂わせた――
「ええ、そうなんですよ。最近、風間家の跡取りさんが、うちの琴音にご関心をお持ちのようでしてね。
もしかすると……今日、何かおめでたい発表があるかもしれませんな」
「──風間一真様、ご到着です!」
管家の張りのある声が、会場全体に響き渡った。
瞬間、すべての視線が階段の方へと向けられる。
風間一真が、漆黒のオーダースーツに身を包み、ゆっくりと階段を降りてくる。
精巧に仕立てられたスーツは、鍛えられた広い肩と引き締まった腰にぴたりと沿い、襟元のダイヤのタイピンがシャンデリアの光を鋭く跳ね返していた。
鋭い目元、強く引き締まった顎のライン。
まさに“風間家の跡取り”の名にふさわしい存在感だった。
その一歩一歩が、まるで人々の心臓に直接踏み込んでくるかのよう。
「一真さん……!? なんで……!」
琴音の目が大きく見開かれ、声が裏返る。
その言葉で、周囲の友人たちもようやく気づく。
「えっ!? 一真って……風間家の跡取り様!? じゃあ、琴音のボディガードってまさか本人!?」
琴音の顔に浮かんだ驚きは、次第に歓喜へと変わっていった。
──そういうことだったのね!
オークションのことも、高価な贈り物の数々も……すべて納得がいく。
まさか、こんなサプライズがあるなんて!
体が震えるほど嬉しかった。
彼女の頭には、すでに「風間家の奥様」としての未来が、夢のように描かれていた。
桐谷正志もまた、顔を輝かせながら娘を連れて前へ出る。
「風間様、まさかあなたが……いやぁ、お知らせくだされば、もっと丁重に──いや、近頃の無礼は何卒お許しを……!」
だが、一真はその言葉を無視し、無表情のまま手を挙げて演奏を止めさせた。
「本日はご来場、誠に感謝します」
静かに、しかし一言で空気を制した。
「この場を借りて、一つ発表させていただきます」
──ざわ……
琴音は息を呑み、頬に紅を宿した。
これはきっと、プロポーズ……!
「周知の通り、私は桐谷家の次女に、特別な関心を示してきました」
一真は唇の端を皮肉に吊り上げた。
「それは──俺の大叔父にふさわしいお相手を選ぶためです」