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第15話

――会場、騒然!


「……大叔父? 一真さん、なにそれ、冗談よね!?」


震える声で叫ぶ琴音の前に、杖を突いた白髪の老人が、執事に支えられて現れる。


「おお、これがわしの嫁か。よかよか」


「彼は祖父の兄弟だ。長らく独り身で、再婚を望んでいた」

一真は淡々と説明する。


「深山一真、ふざけないでっ! ありえないっ! 冗談にもならない!」


「若様の名を軽々しく呼ぶな」


ビンタの音が会場に響き渡る。

琴音の頬が、みるみる赤く腫れ上がっていった。


「風間様! これは何かの誤解かと……琴音を……!」


慌てて口を挟む桐谷正志に、一真は鋭く切り込んだ。


「桐谷社長」

その声は冷たく、刃のようだった。

「大叔父は貴女の娘を大変気に入っている。もし縁談を承諾していただけるなら、風間家と桐谷家で長期契約を結びましょう。」


桐谷正志の表情が変わった。

──風間家と長期契約……それは、儲かるチャンス。


「パパ! やめてよ! 私、まだ二十歳だよ!? ありえないって!」


琴音の悲鳴に、父は短くため息をつき──そして娘の手を振り払った。


「風間家に嫁げるのは、ありがたい話だ。甘えるな」


琴音の絶望をよそに、桐谷正志は一真に深々と頭を下げた。


「ご安心ください。すぐに入籍手続きを。今夜にはお部屋も──」


琴音の目が見開かれ、世界が崩れていく。


「いや……そんなはずない、こんなの違う……!」


泣きながら一真にすがりつく。


「一真! 私のこと好きなんでしょう。 あなたは私のために命だって懸けてくれたじゃない!」


だが──一真は一歩、後ずさった。


「好き……?」

その声は、凍てつく風のように冷たかった。


「俺が好きだったのは、三年前、鳥の巣を戻した“あの子”だ。──お前じゃない」


琴音は震えた。耳を疑った。


「……なに、言ってるの……?」


「言葉通りだ。俺は勘違いしていた。惹かれたのは、お前じゃない。──桐谷美月だったんだ」


彼はもう、琴音を見ようともしなかった。


「なにをしている。さっさと花嫁を連れて行け。大叔父が待ってる。」


「いやぁぁあああ!! やめて! お願い、お願いぃぃ!」


──琴音の悲鳴が響く中、一真は一瞥もくれず、宴は何事もなかったかのように再開された。


ワイングラスが交わされ、笑い声が戻るなか、桐谷正志がすがるように声をかける。


「風間様、そ、その……契約の話なのですが……!」


一真はちらりと視線を送り、無表情で指をさす。


「その車の十メートル後ろで待て。」


「は、はい!」


桐谷正志は何の疑いもなく指定の場所へ。


──次の瞬間。


「……轟ッ!」


エンジン音とともに、マイバッハが唸りを上げて突っ込んだ。


「ッガァン!」


悲鳴と衝撃音。

地面に叩きつけられた桐谷正志の周囲に、真っ赤な血が広がる。


運転席の窓がゆっくりと開いた。


「医者に伝えろ」

一真は淡々と告げる。


「──“死なない程度に”じゃない。“死ぬ勢いで治療しろ”だ」


漆黒の車が、山道を猛スピードで駆け抜ける。

スピードメーターの針は、すでに200キロを振り切っていた。


一真の手はハンドルを握りしめ、指先の血管が浮かび上がるほど強張っていた。

――走り続けて、もう一時間。

ようやく、彼の呼吸がゆっくりと整い始める。


「……美月」


低く呟いた声は、風に消えるほど儚かった。


「やっと……君の仇を取ったよ」


彼はスマホを取り出し、秘書に電話をかける。


「──今すぐ、南区行きのプライベートジェットを手配しろ」


だが、電話の向こうの秘書は、どこか歯切れが悪い。


「風間様……申し上げにくいのですが……たぶん、もう……間に合いません」


「……どういう意味だ?」


声の温度が一気に冷え込む。


「本日……本日は、美月お嬢様と、天野家の若様の──ご結婚式でして……」


「……は?」


ブレーキが悲鳴を上げるほど、彼は車を急停止させた。


「結婚? 何の冗談だ。それに──天野蓮は植物人間のはずだろ?」


「それが……実は、美月お嬢様が南区に到着したその日、突然──目を覚ましたんです……!」


秘書の声は、震えていた。

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