目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第17話

会場のゲスト席が、たちまちざわつき始めた。


「ちょ、あれって風間家の跡取りじゃない?」

「今なんて言った!? 「結婚しないてくれ」って……まさか、結婚式を壊しに来たのか?」

「うそでしょ……天野家の若様が目覚めたばっかりなのに、これって……」


ざわめきは、まるで津波のように広がっていく。


――風間一真。

なぜ、彼がここにいるの?


彼はまっすぐ美月の方へ歩いてくる。

乱れたスーツ、血走った目――まるで、何日も眠っていないようだった。


「……結婚するな。」

再び絞り出すような声で、彼は言った。

その声は、まるで壊れかけの機械のようにかすれていた。


美月の指先が震える。けれど、必死に冷静を保とうとする。


「風間一真……何しに来たの?」

美月の声がひどく冷たく響いた。

「――大好きな琴音が、嫉妬しちゃうんじゃない?」


その一言に、一真の呼吸が止まる。

その瞳に、強く抑えきれないほどの痛みが浮かんだ。


「……人違いだったんだ」


低く、しぼり出すような声。

そこに込められていたのは、何年分もの後悔と哀しみだった。


「三年前、俺が好きになったのは……桐谷琴音じゃない。美月、お前だった。

だけど、俺は……間違えた。ずっと間違えてたんだ」


「覚えてるか? 三年前のあのパーティー。お前、白いワンピースを着て、庭の木に登って――落ちそうな鳥の巣を助けたよな。あの瞬間、俺は……お前に一目惚れしてた。でも、そのお前を琴音と勘違いしたんだ」


美月の瞳がわずかに見開かれる。


もちろん、覚えている。

あの日、自分は真っ白なワンピースを着ていて、今にも落ちそうな雛鳥たちを救うために木に登った。

降りたとき、少し離れた場所に男の人が立っていた。

ただの通りすがりだと思って、何も言わずその場を離れた。


――あれが……彼だったの?


美月が動きを止めたのを見て、一真は「信じてもらえていない」と思ったのか、焦ったようにまくし立てた。


「……もう全部調べたんだ。桐谷琴音が、ずっと俺を騙してたってことも。

桐谷家で辛い思いをしていたのは、あいつじゃなくて――お前だった。

お前の母親のことも、留学の推薦も、子どもの頃から、お前をずっといじめて……全部、全部あいつだったんだ。

……ごめん、美月。俺がちゃんと調べてなかった。俺が、お前を……苦しめたんだ」


彼が一言話すたびに、美月の胸が締めつけられていく。

言葉にならなかった過去の痛みを、まるでセリフのように淡々と並べられて。

「調べてなかった」「人違いだった」――そんな簡単な言葉で、自分の全部を上書きしようとしてくる彼に。


その瞬間、美月はふっと笑った。けれどその瞳には、ひどく冷たい光が宿っていた。


「……それで? 『人違いでした』『調べてませんでした』って言えば、

この何年も私が受けてきたものを、なかったことにできるって思ってるの?」


一真は喉を鳴らし、低く、搾り出すように言った。


「……美月、本当に……ごめん。俺、一生かけて償う。取り返すから……!」


「償う……?」


美月は皮肉な笑みを浮かべた。

その口元は笑っているのに、声は鋭く冷えきっていた。


「風間一真、あんた……琴音のために私に何したか、覚えてる?」


その一言で、一真の全身がピクリと硬直する。


美月の言葉は刃のように、彼の胸に突き立てる。


「オークションで、私が欲しかった品を全部買い取った。」

「望月山で、あの子のために命がけで花を取ろうとして、骨折した。」

「自分の心臓にあの子の名前を彫って、私が犬に噛まれた時もあの子をかばってた。

 その上、私に――鞭で九十九回な痛みをくれた。琴音を侮辱した罰だったよね。」


言葉のたびに、一真の顔から血の気が引いていく。


気づけば彼は、まともに立っているのもやっとで、拳を強く握りしめたまま震えていた。

指先は、食い込むほどに深く、掌に爪痕を刻んでいた。


「……ごめん、美月……お願いだ、俺に……もう一度だけ、チャンスをくれ」


そう言いながら、一真は息を切らしつつ、一気に言葉を繰り出した。

遮られるのを恐れているような、必死の口調だった。


「お前を苦しめたやつは、全部俺が片をつけた。琴音も、お前の父親も……もう終わりにした」


美月は目を見開く。言葉を失いかけたその時――


「いい加減にしろ。」


蓮が、美月の前に立ちはだかっていた。


「……風間さん。もう、いい加減にしてください。ここは俺たちが結婚する場です。」


一真の瞳に浮かんでいた痛みは、次の瞬間、怒りの炎に塗り替えられた。


「……天野さん、あんたは目覚めたばかりだろう。

 美月と、どれだけの時間を過ごした?どれだけ想い合った?

 ――美月のことを諦めろ。そうすれば風間グループとの全プロジェクト、利益の三割、あんたに譲よ。」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?