──ギルド本部、開館直後。まだ朝靄が石畳の街路を覆っているというのに、冒険者たちは今日も元気に怒鳴り合っていた。
「おい、先週の依頼、あれ報酬足りなくねえか!?」
「お前のほうが先にヘマしただろうが!」
「……ちがう、それは……運命力の差……」
喧騒、喧騒、また喧騒。そんな騒々しいギルドロビーの中央、すでに仕事モード100%のオーラを放つひとりの受付嬢がいた。
「はい、次の方~! 依頼申請書は青い紙、報告書は白い紙です♪」
「Bランク昇格希望ですね? ではこの規定依頼を三件クリアしてから、再度お越しください♪」
そう、彼女の名は──
ミレナ・アルファード 受付嬢歴6年、魔王討伐隊のメンバーから「マジで天使かと思った」と称されたこともある、美貌と知性を兼ね備えた受付嬢である。
──表向きは、だが。
「(ふぅ……今ので稼いだフリータイム、ざっと5分ってとこかしらね)」
笑顔を保ったまま、カウンターの下でスカートの裾をひょいとめくる。その下に隠されていたのは、最新式・携帯型魔導テレビ《ポケルーンV》だった。
ちっちゃな水晶球に映し出されるのは、人気魔導ドラマ『双剣のルーンシスターズ』最新話。
「(あ〜〜! この回見逃してたのよね〜〜!)」
ミレナはギルドの誰よりも早く動き、早く片付け、早くサボる女だった。
「ミレナさーん! 緊急依頼の貼り替え、お願いしていいですかー?」
「(うっ……テレビタイムが……!)」
顔ではにこやかに「はいはーい♪」と返事しながらも、心の中では号泣。ポケルーンVを素早くバインダーの下に滑り込ませ、足元の隠しボックスへ収納。
これぞプロの早業。だが──その一部始終を、ひとりの男が見ていた。
「……今、何か隠しましたよね?」
ぬっと顔を出したのは、まだ少年の面影が残る若い冒険者。くすんだ茶髪に安物の剣、レザージャケット……典型的なCランク冒険者見習いだ。
「やだ〜、何言ってるんですか〜、気のせいですよぉ〜♡」
「いや、完全に何かをしまった動きでしたよね? あの下に何かあるんじゃ……」
「あ、あなたっ、受付嬢のスカートの中を覗くなんて変態ですかぁ!?」
「ちがっ! 見ようとしたんじゃなくてっ……え、俺、今、犯罪者扱い!?」
周囲の冒険者たちの視線が、鋭く新人に突き刺さる。
──処刑人バルバロッサ(巨体のバーサーカー)が、こっそり手斧を研ぎ始めた。
──妖精の双子が「あの人えっちなの……」と囁き合いながら震えている。
──支部長代理が、奥の書庫から「セクハラ報告書類」を手に歩き出した。
「いえ、ミレナさんを疑った私が悪いんです……すみませんでした……」
「ふふふ♪ わかればいいんですよぉ〜♪」
こうしてまた、ひとつの真実が闇に葬られた。
──一触即発の“犯罪者認定事件”が、ミレナの無実(?)を訴えるスマイルで終結したころ。新人冒険者の少年は、なぜか受付嬢に深い畏怖を抱くようになっていた。
(この人……絶対ただの受付嬢じゃない……!)
一方、ミレナは心の中で舌を打っていた。
(やばかった……あの子、目ざとすぎる……。新人のくせに、空気読まないんだから!)
彼女は再び、机の下に設置された“秘密の快適ゾーン”をチェックする。
折りたたみ式マナゲーム機 →OK
チョコクランチ(ハイカカオ) →OK
魔導式足元ヒーター →魔石の残量50%(後で交換)
そして、極めつけの新兵器──
「……よし、今日は読書タイムで行こうかしら」
そう、今日は
「(あ〜〜、あのシーン、もう一回読み返したい! ページ開くだけでニヤけちゃう〜)」
ページをめくりながら、口角が勝手に上がる。
しかし──
「ミレナさーん、大変です! ギルド長が視察に来ますー!」
「(は!?!?!?!?!?!?!?)」
ミレナの脳内に、雷が落ちた。
ギルド長──つまり、王都本部から派遣された最上位責任者が来るということだ。サボっていた場合、最悪“遠方支部への左遷”もある。
「(あかん……今日ばかりはマジで真面目にやらないと……!)」
ミレナは一気に全サボりグッズを机下の秘密ボックスに押し込み、スカートを整え、姿勢を正す。ついでに笑顔の角度を3度下げて、“働いてます”感を演出する。
──その瞬間、扉が開いた。
「ほう……ここが、うちの中央ギルド本部か」
現れたのは、白髪に黒マント、眼光鋭い老紳士。見るからにサボりと無縁の人生を歩んできた“ガチガチの人種”である。
(ああもうだめ……緊張で口が勝手に「やる気があります」って言いそう……!)
ギルド長が受付前に立ち止まり、じっとミレナを見つめる。その時間、なんと10秒──異様に長い。
「……ふむ。君、名前は?」
「ミ、ミレナ・アルファードと申しますっ!」
「笑顔がいい。応対もスムーズだ。書類整理も完璧そうだな……」
「ありがとうございます!」
「よろしい。受付嬢の模範だな。視察の資料用に、君の勤務風景を記録しておこう」
「(や、やばいっ! それ録画されるやつ!!)」
ミレナは汗をかきながら“真面目風”の超高速業務モードに突入。依頼用紙を3秒でチェック、スタンプを正確に2回押し、笑顔で返却。周囲の冒険者たちからも「今日の受付、バリ早いぞ」とざわつくほどの効率だ。
──そのとき、あの新人冒険者がまた現れた。
「す、すみません。今日の推薦依頼、もう一回だけ確認してもらって……」
「もちろんです♪ えっと、ああ、この件ですね。対象のゴブリンは南東の岩場に移動したらしいですから、ルートを少し西に変更して──」
そのやり取りを見ていたギルド長は、ゆっくりと頷いた。
「……まるで魔法のようだな」
「えっ?」
「“効率的で、柔らかく、よく動く”──まるで受付というより、魔法職だ。君のような人材こそ、我々が今必要としているんだよ……!」
(……なんか知らんけど、めっちゃ評価されてる!?)
──こうして、ミレナは“最優秀受付嬢”としてギルド長から直々に推薦されることになり、その日以降、勤務態度を見学しにくるギルド職員が絶えなくなった。
(こんな状況もう全然サボれないんだけど…)
サボりの女神ミレナの戦いは続く。