──最優秀賞受付嬢のほとぼりも覚めたある日の朝。ギルド開館前。
ミレナ・アルファードは、受付カウンターの下で正座していた。
「……今日は、記念日になるわよ」
そう呟く彼女の表情は、まるでこれから魔王城に突入する勇者のように真剣だった。
──今日は、サボり限界チャレンジをすると決めた日である。
業務評価を下げず、1時間でどこまで同時並行でサボれるかに挑むのだ。
現在の記録:7種類
「受付嬢としての威厳? あるわよ。机の下に隠してある」
──9:00。
開館の鐘が鳴る。
「はーい、いらっしゃいませ〜♪ 依頼申請はこちらでーす♪」
にこやかに挨拶をしながら、ミレナは机の下の“秘密の小宇宙”を解放した。
『サボりその1:マナクラフト・ポケット(ゲーム)起動中』
左膝に固定、足の動きだけでスライム操作を実現する。
「ミレナさん、昇格依頼3件です」
「了解でーす♪(ポチポチ)」
(ふふっ……このスライム、今ちょうど鍛冶屋デビューしたところ……)
『サボりその2:魔導イヤリング型ラジオで恋愛ドラマを視聴中』
右耳に仕込んだ超小型水晶。声優が演じる“ゴーレムな彼氏”に夢中
「彼氏がゴーレムは重すぎるかな……」
『サボりその3: ティータイム用の微糖ハーブ水を給湯魔道具で抽出中』
書類トレイの下に魔導ボトル設置。薄ミント風味で集中力アップ(のつもり)
「はい、報告書受け取りました〜♪」
(このミント水、落ち着くのよね…)
『サボりその4:太ももに貼った魔導温感シートで足湯気分』
じんわり暖かくなる魔石式温感シートを貼り付けて、ほのかにとろける感覚を楽しめる
表情は変えないが内心は「これもう温泉でしょ……はぁ……極楽……」
同時に、左足ではスライムの釣りゲーム中、右耳では「重い彼氏が彼女の名前で召喚獣登録した」という相談を聞いている。
(わかる〜〜! 依存系召喚、ギルドでは超迷惑!)
『サボりその5:片手でおやつを撫でている(実食はしていない)』
食べるとバレるので、ただ触って精神安定を図る用の“癒しクッキー”
「(よし……順調……今のところ、バレる気配ゼロ……)」
しかし。
「……ねぇミレナさん、なんか今日、楽しそうじゃないですか?」
──新人受付嬢・ユリィが、キラキラした目で覗き込んできた。
「なんか、“手元に何もないのにちょっと忙しそう”っていうか……“机の下に色々世界が広がってる感”っていうか……」
「え? そ、そう? 気のせいじゃな〜い?(汗)」
『サボりその6: 依頼票の裏に「マナ数独」を自作してプレイ中』
誤字チェックに見せかけて数字を配置。脳トレも兼ねる一石三鳥
「この書類、間違ってないですよね?」
「(うーん、この空欄には“5”しか入らない……)あ、はい! 全部合ってます〜♪」
『サボりその7:魔導電卓でスロットを回す』
魔力式そろばんを高速で弾いてるように見せかけて、実はギャンブル仕様。
「カチカチカチ……あっ、当たった(でも表情は変わらない)」
『サボりその8:受付嬢用バインダーに隠したホログラムで短編アニメを流す』
一見ただの書類整理中だが、バインダーをほんの角度2度だけ傾けると画面が見える
(はぁ〜今の回のバトル作画、神……)
だが、ここで問題が起こった。
──スライムが、森の奥で転職クエストに失敗したのだ。
《あなたのスライムは“田植え職人”になることを断念しました》
「えっ!? ちょ、ちょっと、なんで!? あんなにマナ肥料与えたじゃん!!」
反射的に声が漏れそうになり、ミレナは慌てて咳払いでごまかす。
「ごほっ……ごめんなさ〜い、ちょっと喉が……」
(……やばい、情緒が揺れてきた……)
『サボりその9: “やる気があるフリ顔”で精神を誤魔化す表情筋運動』
1秒ごとに微妙に角度を変える“多段スマイル”。これがかなり疲れるり
そこへ現れたのは、再び新人のユリィ。
「ミレナさん、さっきからずっとニコニコしてますけど……机の下で何かしてません?」
「……えっ、何かって、何が?」
「なんか、こう、“多重に何かしてる感”というか……音もなく手だけちょっと動いてて、でも視線は正面で……怖いです」
(……この子、将来たぶん探偵とかになるわ……)
「ふふふ〜、それはね、プロの受付嬢の“集中状態”よ♡」
「“何もしていないように見えて、すべてをやっている”ってやつ〜♪」
「すべて、を……?」
「受付嬢って、意外と奥が深いのよ……♡」
『サボりその10:足踏み式音ゲー魔導装置』
見た目は姿勢よく座って書類処理しているが、足元はリズムゲームの地獄譜面と化している。
ミレナは無表情で高速タップしながら、心の中でノリノリ。
終盤、依頼票を提出する冒険者のセリフと同時に──
「ありがとうございました〜♪(フルコンボォォ!)」
──9時58分。
ミレナはついに10種類のサボりを同時成功させた。
受付カウンターに座りながら、ゲーム、アニメ、恋愛ドラマ、フルコンボなどをこなし、依頼処理もノーミス。
それはまさに── “静かなる完全勝利”
(……ああ……やり切った……受付の新たな地平を見た気がする……)
──10時00分。
ミレナはそっと、マナゲーム機の電源を切った。
「……いいサボりだったわ」
その顔は、朝よりほんの少しだけ、晴れやかだった。
「ふふふ……次は、サボり15連コンボに挑戦ね……」
こうしてミレナは、またひとつ受付業務(?)の奥義に近づいていった。