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第2話 サボりの限界試してみた

──最優秀賞受付嬢のほとぼりも覚めたある日の朝。ギルド開館前。

ミレナ・アルファードは、受付カウンターの下で正座していた。


「……今日は、記念日になるわよ」

そう呟く彼女の表情は、まるでこれから魔王城に突入する勇者のように真剣だった。


──今日は、サボり限界チャレンジをすると決めた日である。

業務評価を下げず、1時間でどこまで同時並行でサボれるかに挑むのだ。

現在の記録:7種類


「受付嬢としての威厳? あるわよ。机の下に隠してある」


──9:00。

開館の鐘が鳴る。


「はーい、いらっしゃいませ〜♪ 依頼申請はこちらでーす♪」

にこやかに挨拶をしながら、ミレナは机の下の“秘密の小宇宙”を解放した。




『サボりその1:マナクラフト・ポケット(ゲーム)起動中』

左膝に固定、足の動きだけでスライム操作を実現する。

「ミレナさん、昇格依頼3件です」

「了解でーす♪(ポチポチ)」

(ふふっ……このスライム、今ちょうど鍛冶屋デビューしたところ……)



『サボりその2:魔導イヤリング型ラジオで恋愛ドラマを視聴中』

右耳に仕込んだ超小型水晶。声優が演じる“ゴーレムな彼氏”に夢中

「彼氏がゴーレムは重すぎるかな……」 



『サボりその3: ティータイム用の微糖ハーブ水を給湯魔道具で抽出中』

書類トレイの下に魔導ボトル設置。薄ミント風味で集中力アップ(のつもり)

「はい、報告書受け取りました〜♪」

(このミント水、落ち着くのよね…)



『サボりその4:太ももに貼った魔導温感シートで足湯気分』

じんわり暖かくなる魔石式温感シートを貼り付けて、ほのかにとろける感覚を楽しめる

表情は変えないが内心は「これもう温泉でしょ……はぁ……極楽……」



同時に、左足ではスライムの釣りゲーム中、右耳では「重い彼氏が彼女の名前で召喚獣登録した」という相談を聞いている。

(わかる〜〜! 依存系召喚、ギルドでは超迷惑!)


『サボりその5:片手でおやつを撫でている(実食はしていない)』

食べるとバレるので、ただ触って精神安定を図る用の“癒しクッキー”


「(よし……順調……今のところ、バレる気配ゼロ……)」


しかし。

「……ねぇミレナさん、なんか今日、楽しそうじゃないですか?」

──新人受付嬢・ユリィが、キラキラした目で覗き込んできた。


「なんか、“手元に何もないのにちょっと忙しそう”っていうか……“机の下に色々世界が広がってる感”っていうか……」


「え? そ、そう? 気のせいじゃな〜い?(汗)」


『サボりその6: 依頼票の裏に「マナ数独」を自作してプレイ中』

誤字チェックに見せかけて数字を配置。脳トレも兼ねる一石三鳥


「この書類、間違ってないですよね?」

「(うーん、この空欄には“5”しか入らない……)あ、はい! 全部合ってます〜♪」



『サボりその7:魔導電卓でスロットを回す』

魔力式そろばんを高速で弾いてるように見せかけて、実はギャンブル仕様。

「カチカチカチ……あっ、当たった(でも表情は変わらない)」



『サボりその8:受付嬢用バインダーに隠したホログラムで短編アニメを流す』

一見ただの書類整理中だが、バインダーをほんの角度2度だけ傾けると画面が見える

(はぁ〜今の回のバトル作画、神……)



だが、ここで問題が起こった。

──スライムが、森の奥で転職クエストに失敗したのだ。


《あなたのスライムは“田植え職人”になることを断念しました》


「えっ!? ちょ、ちょっと、なんで!? あんなにマナ肥料与えたじゃん!!」

反射的に声が漏れそうになり、ミレナは慌てて咳払いでごまかす。


「ごほっ……ごめんなさ〜い、ちょっと喉が……」

(……やばい、情緒が揺れてきた……)


『サボりその9: “やる気があるフリ顔”で精神を誤魔化す表情筋運動』

1秒ごとに微妙に角度を変える“多段スマイル”。これがかなり疲れるり


そこへ現れたのは、再び新人のユリィ。

「ミレナさん、さっきからずっとニコニコしてますけど……机の下で何かしてません?」


「……えっ、何かって、何が?」

「なんか、こう、“多重に何かしてる感”というか……音もなく手だけちょっと動いてて、でも視線は正面で……怖いです」

(……この子、将来たぶん探偵とかになるわ……)


「ふふふ〜、それはね、プロの受付嬢の“集中状態”よ♡」

「“何もしていないように見えて、すべてをやっている”ってやつ〜♪」


「すべて、を……?」

「受付嬢って、意外と奥が深いのよ……♡」


『サボりその10:足踏み式音ゲー魔導装置』

見た目は姿勢よく座って書類処理しているが、足元はリズムゲームの地獄譜面と化している。

ミレナは無表情で高速タップしながら、心の中でノリノリ。


終盤、依頼票を提出する冒険者のセリフと同時に──

「ありがとうございました〜♪(フルコンボォォ!)」


──9時58分。


ミレナはついに10種類のサボりを同時成功させた。

受付カウンターに座りながら、ゲーム、アニメ、恋愛ドラマ、フルコンボなどをこなし、依頼処理もノーミス。


それはまさに── “静かなる完全勝利”

(……ああ……やり切った……受付の新たな地平を見た気がする……)



──10時00分。

ミレナはそっと、マナゲーム機の電源を切った。


「……いいサボりだったわ」

その顔は、朝よりほんの少しだけ、晴れやかだった。


「ふふふ……次は、サボり15連コンボに挑戦ね……」

こうしてミレナは、またひとつ受付業務(?)の奥義に近づいていった。

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