異世界ゲートは何の前触れもなく開き始めた。
しかもそれはポンポンと、あっちでこっちでと節操なく開いたのだ。
だが開く理屈が分からない以上、閉じる理屈も分からない。
閉じるには、異世界から来た者たちの力が必要だ。
幸いなことに異世界ゲートをくぐってこちら側に来た者のなかには、神や勇者、エルフなど多彩な者がいた。
彼らの力を借りることで、異世界ゲートを処理することが可能となった。
困りごとには商機がある。
公的機関が処理を行う場合もあるが、私有地に異世界ゲートが出現してしまった場合には、個人で対応しなければならない。
だから世界はより混乱し、異世界ゲート管理会社は雨後の筍のようにポンポン作られた。
ポンポンできるとどうなるか?
高値を吹っ掛ける悪徳業者や、何の仕事もしない詐欺まがいの業者も出てくるのがお約束である。
林立する異世界ゲート管理会社のなかには毒キノコのような会社も存在した。
この状況を改善するため、政府は安心して以来できる会社を作ることにした。
そして出来たのが、異世界ゲート管理会社アトラスだ。
異世界ゲート管理会社アトラスは、安全・安心・安価を信条としている会社で、政府の息もかかっている。
異世界から来た者やその親族が数多く在籍していて、優秀な仕事ぶりとコスパの良さで知られている会社である。
それにもかかわらず安全・安心・安価なのにアトラス一強でないのは、異世界ゲートがランダムに開きすぎて手が回らないからだ。
とにかくこの会社は忙しい。
働き手からすると超絶ブラックだ。
しかし給料はいい。
異世界ゲートが開いた初期にこちら側へ来た者のなかには、既に二世、三世が生まれている者も少なくない。
凛花たちは、子どもの世代だった。
現代社会に馴染んでいる二世以降の世代は、異世界ゲート会社をはじめ人気の高い人材だ。
「いいよなー凛花は。おじさんが勇者で、おばさんは神だもんなぁ」
「なによぉ。龍治だって、お父さんが仙人で、お母さんは武侠の達人じゃない」
凛花は、羨ましそうにしている龍治にピシャリと言った。
捕らえた魔獣は研究チームに引き渡してきたが、実働チームには報告の義務がある。
気心しれた幼馴染である2人は、社屋の長い廊下を黙って歩けるほど大人しいタイプでも真面目なタイプでもなかった。
「凛花のお母さんは女神だけあって、若くて綺麗だよなぁ。娘とは違って」
「なによそれっ⁉ 私はお父さんとお母さんの娘らしく、美しくて逞しいでしょうがぁ~」
凛花はワンピースを着た腕を肩の高さに上げて、力こぶを作って見せた。
「おまっ……ぷぷぷ。せっかく可愛いワンピース着てるのにぃ~」
「はい、可愛い。いただきましたぁ~♪」
吹き出した龍治に気をよくしながら、凛花は歌うように陽気な口調で言った。
一仕事終えた2人の足取りは軽い。
長い廊下を歩いて来た2人は、自分たちが所属するチーム『ニムエ組』のフロア前で立ち止まった。
フロアへは生体認証をクリアしなければ入れない。
どのような方法を使ってチェックしているのかは知らないが、ワンテンポ遅れて自動ドアが開くと2人は迷うことなくフロアへと足を踏み入れた。
「お~、来たか。お疲れ~」
中に入ると上長のニムエが素早く2人に気付いて声をかけてきた。
2人の上長であるニムエはエルフだ。
身長も低く、細身で見た目が幼女エルフは、年齢不詳である。
なにせ本人も知らないのだから、知りようもない。
小1くらいの見た目を持つニムエは、アメジスト色の瞳にピンク色の髪、肌色はとても淡い緑色をしている。
体調の悪い幼女のように見えなくもない肌色をしているが、本人至って健康で元気だ。
長いピンク色の髪をツインテールにしていて、リボンやレースを多用したカラフルで賑やかな子供服を好んで着ている。
大小のディスプレイの並ぶデスクの前に座る今日のニムエは、ピンクベースのカラフルなカットソーにチュールレースのスカート、濃いピンクのスパッツに薄いピンクのスニーカーを履いていた。
ピンクの種類と、リボンやフリルの組み合わせの限界にチャレンジしているような服だ。
凛花はニムエを見るたびに、センスがあるというべきか、悪趣味というべきか、いつも悩む。
「今日の仕事はどうだった?」
「余裕ですね」
ニムエの問いに、龍治は銀縁眼鏡を右手で軽く持ち上げてキラリーンとさせながら答えた。
「そうか。余裕か……」
ニムエがニヤリと笑ったのを見て、凛花は焦った。
(あっ、あっ、あっ、龍治ぃ~。それ、言っちゃいけないやつぅ~)
凛花の悪い予感は当たった。
ニムエは机の引き出しを開けるとファイルを取り出し、2人の前へと差し出した。
「実は次の依頼が来ていてな」
「ぁぁ……」
思わず凛花の口から溜息混じりの変な声が漏れた。
その声に気付いたニムエが幼女のような顔に食えない笑みを浮かべて、凛花を見上げる。
「ん? 凛花。なんか文句がありそうだな。そろそろボーナスの査定が……」
「いえ、不満はありませんっ。その仕事、やります。やらせてくださいっ」
凛花は焦った様子で頭をペコペコ下げながら言った。
凛花の横では龍治がスーツをまとった広い肩を震わせてクックックッと笑いを噛み殺している。
異世界ゲート管理会社アトラスは、コスパの良い良心的な会社だ。
だが、とにかくこの会社は忙しい。
働き手からすると超絶ブラックなのだ。
しかし金払いは、とてもよい会社なのである――――。