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第3話 父は自宅警備員

「あぁ~、疲れたぁ」


 凛花はドロンドロンに疲れた体を引きずるようにして、帰宅の途に就いた。


 結局あの後、仕事を2件こなしたのだ。

 1件はデカいトカゲみたいな魔獣捕獲。

 もう1件は異世界から逃走しようとしていた凶悪犯だ。


 異世界ゲート管理会社アトラスの異世界ゲート管理システムは変わっている。

 一時的に異世界ゲートを閉じたり、本社ビルへ異世界ゲートを繋げたりすることができるのだ。

 閉じることで異世界に戻ることもできず、こちら側の世界へ出てくることもできずに閉じ込めることができる。

 またその状態で本社ビルに繋いで、特定の場所で異世界ゲートを開くことが出来るのだ。

 龍治はよく笑いながら言っている。


「まぁ細かい理屈なんてものはどうでもいいんだよ。理解が出来なくてもオレたちは本社ビルで待っていて出てきたモノをぶん殴ればいい、ってだけだ」


 龍治の持っている能力は、暴力に傾いている。

 ぶん殴る役は、主に龍治が担っていた。

 凛花の能力は、どちらといえば捕獲に向いている。

 だから捕獲は凛花の役割だ。


「トカゲ、デカかったな。オメメが真ん丸で、ちょっと可愛かったけど」


 魔獣は捕獲して研究チームへ渡してきた。

 彼らによって徹底的に調査されるのだ。

 謎の多い生き物なので調査の過程で死んでしまったり、危険すぎて殺処分されることもあるが、実働チームには【生きた状態での捕獲】が求められている。


「その点、凶悪犯は気楽かな。ケガさせても怒られないし」


 凛花の力は暴力にも使える。

 正直、生死問わずに敵と立ち向かうほうが楽だ。

 異世界にも悪いヤツはいる。

 人間にしても、エルフにしても、ドワーフにしても、悪いヤツをそのままこちらの世界に受け入れるわけにはいかない。

 かといって、異世界に戻すわけにもいかない。

 しっかり捕まえることで異世界にも恩を売れるのだ。

 だからしっかり捕まえる必要がある。


 とはいえ、凶悪犯の捕獲は大変だ。

 そもそも悪いヤツは悪いことを色々と仕掛けてくる。

 だから花の蔓で巻いて動きを止めるくらいでは足りないことも多い。

 そんな時には、龍治の出番である。


 実際、今日も龍治は【気】を使って、凶悪犯を空中で縦横斜めと楽しそうにグルングルン回していた。


(でもアレは……見ているだけの私まで目が回るから嫌いだわ)


 今日の凶悪犯も、グルングルン回され過ぎてフラフラになっていた。

 なぜ【気】でグルグル回せるかと言うと、理屈としては磁石と同じらしい。

 N極とS極であればひきつけ合ってくっつき、同じ極の場合には反発してくっつかないというアレである。

 その関係を【気】を使って、敵と龍治との間に作って攻撃に活用するらしい。


(理屈は理解できるような気がするが、気がするだけで分からんっ)


 凛花は【気】を扱うわけではないので感覚的に理解することができないが、龍治がとても楽しそうに攻撃していることだけは分かる。

 龍治は「魔獣は捕獲しなきゃいけないけど、凶悪犯は殺しちゃっても問題ないから楽だよね~」とか言いながら敵に向かっていく。

 向こうにしても、笑顔を浮かべて殺す宣言してくるヤツなんて怖いだろう。


「だから抵抗がかえって激しくなって、仕事が大変になるから煽るのはやめろって言ってるのに。インテリに見えて脳筋だからなぁ、龍治は……」


 意味もなく大変だった仕事を終えた凛花は、心の底からぐったりしていた。


 日もすっかり落ちて世界は闇に満ちている。

 この後、満員電車に揺られたり、暗い夜道を1人歩いて帰るのであれば、ウンザリして全てを投げ捨てたくなるかもしれない。

 しかし幸いなことに、凛花の自宅は本社ビルから徒歩一分の場所にある。

 広い敷地に建っている洒落た作りの二階建ての家が、凛花の自宅だ。

 玄関の鍵は生体認証になっている。

 だから凛花は玄関の前に立つだけでいい。

 しかし今日の凛花は疲れているので、ガチャリと鍵が開いた玄関ドアを開けるだけでも面倒だった。


 家の中は広いが廊下は短い作りになっている。

 ちょっと歩けば、すぐリビングだ。


「ただいまー」

「おー。お帰り、凛花」


 リビングを覗くと専業主夫をしている父、クラトスが洗濯物を畳んでいた。


 異世界では勇者をしていたクラトスは現在、専業主夫兼自宅警備員をしている。

 昔はフサフサだったらしい髪も今は毛根ごと死に絶え、現在は見事なスキンヘッドだ。

 ちなみに濃い茶色のヒゲは健在である。

 マッチョな褐色肌のヒゲもじゃスキンヘッドの大男が、リビングで洗濯物を畳んでいるというシュールな光景が広がっているが、凛花にとっては見慣れた光景なので特に感想はない。


 毛と瞳は濃い茶色のクラトスは、見た目こそ日焼けしすぎた日本人に近いが、全体的に大きい。

 凛花も身長が168センチほどあり、日本人女子に混ざるとデカい。


「晩御飯出来てるぞぉ。先に飯を食うか? それとも風呂?」

「ん~、先にお風呂入ってくる」

「おー、行ってこーい」


 凛花の自宅は会社から近いうえに、父が専業主夫をしているから家事をすることもない。


(龍治が子ども部屋オバサンって私のことを呼ぶのも分かるけど……自分だって親の側にいるじゃない)


 凛花は心の中でぶつくさ言いながら、風呂に浸かった。


 父であるクラトスは、料理はもちろん掃除や洗濯も完璧だ。

 ついでに言えば、警備のほうも完璧である。

 異世界ゲート管理会社であるアトラスは、異世界からきた有能な人材である第一世代への優遇措置を行った。

 本社ビルの周囲に確保していた大きな敷地を分け与えたのだ。

 ゆえに、ぐるりと本社ビルを取り囲む土地には、魔法使いや聖女、騎士や勇者といった有能な人材とその家族が住んでいる。

 本社ビルそのものの警備もしっかりしているのだが、周囲に住む者も有能な猛者で固めたため、高いセキュリティを維持できているのだ。


 凛花の家もアトラスの思惑により分け与えられた土地にある。

 異世界ゲート管理会社アトラス本社の南側にある自宅は、会社の警備も兼ねていて、クラトスは文字通り【自宅警備員】なのだ。

 家事にいそしむ専業主夫としての役割を果たしながら、日々鍛錬も欠かさない。

 綺麗な花で彩られた手入れの行き届いた庭は、クラトスの鍛錬場でもあった。

 家の中には鍛錬グッズが所狭しと並ぶ、鍛錬室もある。

 それにインテリアに混ざって武器があからさまに飾ってあったり、隠してあったりするので、いつ魔王軍に攻め込まれても対応できる備えがあるのだ。


 しかしクラトス的には「でもお父さん、もう魔獣退治とか行かないよ。主夫だから」ということらしい。

 主観というものは難しいものである。


「ふぅ~。気持ちよかった」


 パジャマに着替えた風呂上りの凛花が満足げな声を出してリビングへと入っていくと、既に室内にはいい匂いが漂っていた。


「おう。よかったな」


 クラトスはキッチンから愛娘へニコニコと笑顔を向けた。

 いい匂いに刺激されて、凛花のお腹がグゥ~と音を立てた。

 ほこほこに温まって気分はいいが、空腹はそのままだ。


「晩御飯の支度はできてるぞ」

「やったー」


 リビングにはダイニングとキッチンが繋がっている。

 汚れが気になる間取りではあるが、クラトスが生活魔法である浄化クリーンくらいは使えるのでいつも清潔だ。

 凛花はいそいそとテーブルの前に向かった。


「今晩のメニューは、凛花の大好きなハンバーグだぞ」


 クラトスの一声で凛花の疲れは一気に吹き飛び、気持ちは子どもの頃のように盛り上がった。


「沢山作ったから、思う存分食べなさい」

「ありがとう、お父さん」


 いつもの椅子に座れば、正面にクラトスが湯気のあがるハンバーグが載った大きな皿を置く。


「わーい。いただきまーす」


 凛花は手を合わせると、ナイフとフォークを手に取った。

 ソースのかかった大きなハンバーグには、ニンジンのグラッセとフライドポテト、茹でたブロッコリーとスナップエンドウが添えてある。

 主食はお米派なので、白いご飯も同じお皿に乗っている。


 ニコニコしながら食べ始めた凛花の正面に、ジョッキに注いだ冷えたビールとフライドオニオンを持ってきたクラトスが座った。


「あれ、お父さんは晩御飯にしないの?」

「ああ。お父さんは、お母さんと一緒に食べようと思ってな」

「あー、そうなんだ」


 自分が食べるところをニコニコしながら眺めている父を見ながら、うちの両親って仲がいい、むしろ仲がよすぎるな? と凛花は改めて思った。


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