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第3話

「今日も見たんすかあの夢」


「あぁ、また似たような夢だがちょっと違った」


 昼休みカップ麺を頬張る中村と、デザートのプリンに舌鼓している柳瀬。話題は鬼塚村についてだった。


「にしてもなんか不気味っすね。カラスに獣臭がするって」


「オカルトライターとしてはいいことじゃねえか。むしろ窓際族な自分からしたらラッキーだ」


 しかし、柳瀬はその夢に対して不安感を覚えているようで、少し目を伏せている。


「あまりにも同じ夢見るようだったら、お祓いとか行くべきっすよ。ただでさえ中村先輩は呪物が家にあるんすっから」


「分かってる。大丈夫だって。ほら、仕事の時間だ」


 心配性な柳瀬に対して、歯を見せて笑って見せるとそれ以上は言わなかった。


 夢にある呪物を見てみたいという欲望は、確かに中村の中では膨れ上がっていた。


「今日も遅くまでやらせんなよな……」


 終電ギリギリに乗って暗い十字路を歩いていく。


 明日は休みの日だからと、三割引きのコンビニで買った幕の内弁当と、セール品に入っていた酎ハイを買って、プチ贅沢を決め込もうと決めていた。


「にゃあ」


「ん?」


 猫の鳴き声が聞こえたので、視線をそちらに向ける。明かりが切れかかっている電灯の下にいたのは、黒猫であった。


 暗闇に光る黄色の目はジッと中村を見つめている。そこら辺にいる黒猫なはずなのに、威圧感を感じて息が苦しくなる。


 たった数十秒だったはずなのに、何分、何十分と思える時間は黒猫が横切るまで呼吸がまともに出来なかった。


「なんなんだよ……」


 中村は息を一気に吐いて、悪態をつく。黒猫が横切ると不幸が起きるとかいう迷信はあれど、信じてはいない。


 にも関わらず、まるで現実からかけ離れた感覚に恐れを抱いてしまった。


「疲れすぎてんだなきっと。さっさと帰ろう」


 いつもより早歩きで十字路の奥へと進んでいくのを、黒猫は壁から顔を覗かせ笑って見ていた。


「くそっ、うまく出来ねぇ」


 猫の出来事があって手が震えてしまっている。うまく鍵を開けることが出来ず、舌打ちをする。


 漸く開けられた部屋は真っ暗で、自分以外の気配はない。灯りをつければ、いつもの部屋に安堵を覚える。


「さっさと酒だ。酒」


 こびりついた光景を取っ払うために、ヤケ酒をする。


「ぷっはぁ! うっま!」


 甘ったるい酎ハイを飲んで、生き返る。どんだけしんどいことがあっても、お酒を飲めばなんとかなると中村は盲信してた。


 人工甘味料とアルコールに支配されている感覚は、帰り道で起きた奇妙な出来事を忘れた。


 「ねむ……」


 そして、次第に中村を夢の世界へと引き摺り込んでしまう。


 気がつくと再び黒い鳥居が中村を出迎える。3日目だからか見慣れてきた。鳥居には不気味な鴉達は存在していなかった。


「なんか、ちょっと古びたか?」


 立派だったはずの鳥居は漆が剥がれかけている。二日目とは違う様子に、中村は疑問を抱く。


「中村様。お待ちしておりました」


 いつも通り赤野は、村の中から深々とお辞儀をした。彼女に変化は見られない。中村は何の戸惑いもなく、村の中へと足を踏み入れる。


「あれ?」


 村の真ん中に古井戸が現れていた。二日目までなかったはずのその井戸は、壊れかけており、今は使われていないと予想ができる。


 異質なのは古井戸の周りに白黒写真が破り捨てられて散りばめられ、縁には琥珀色に輝く蜜が垂れている。甘い思い出に蜂は奪い尽くすように群がっていた。


 古井戸には近づきたくないと、もう一人の自分が訴えかけている。見ないようにしている中村に、赤野は気づいていない様子で、赤野家に辿り着く。


 微かにそよ風が赤野の身体から蜜の香りが顔を覗かせる。その香りに中村は胸焼けという違和感を本能的に察した。


 昨日と同じように客室へと通されたが、違った点があった。以前にはなかった写真が並べられている。一人一人の写真は家族かこの家の関係者なのだろう。それはまるで遺影みたいだ。


 居心地の悪さを感じる中村を置いて、赤野はお茶を淹れに行く。


 何処からか感じる視線に身体を縮こませて、下を俯いていた。


 人間じゃないモノが自分を見張っている。いや、見定めている。


「お茶をお持ちしました」


「ありがと……。うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 襖を開けてお茶を置いてくれた赤野にお礼を言う為、顔を見上げると目の前の光景に中村は悲鳴が上がる。


 遺影に映った人々が、中村を鬼のような険しく怒りに満ちた表情で、一斉に睨みつけていた。


 驚きによって身体が後ろに倒れて頭をぶつける。


 その衝撃で落ちてきた遺影の一つが落ちて、真っ赤な血が畳を染める。周りの遺影も悲しむように、涙の血を流し始めた。


 遠のく意識の中で蜂蜜の花を纏った甘い香りが嫌なほど鼻にこびりつく。


「はっ!?」


 目を覚ますと自分の部屋の染みついた天井が見えた。心臓は張り裂けそうなほど脈を打ち、冷や汗は滝のように出る。


 暫く動けなかった。スマホを持つ元気すらなくて、目だけを動かす。


 カーテンの隙間から覗けば、外に朝日は登っていない。薄暗い光景に深いため息を吐けば生を実感する。


「……マジでヤバいのか?」


 滲み出す焦燥と不安は麻痺していた脳に染みたわっていく。


 窓の隙間から覗く猫の目は、蜂の複眼となって中村を見つめていた。

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