ーー。
ーー。
ーーおまえは戦力外だ。
ーー役立たず。穀潰し。
ーー力なき者は必要ない。
ーーー国へ帰れ。
ーーー代わりならいくらでもいる。
ーーー消えろ。二度と顔を見せるな。
ーーーー邪魔なんだよ。ゴミが。
ーーーーもう死んでいいよ。
ーーーーーそうだ、死ね。
ーーーーーーしね。
ーーーーーーーーーーーシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ。
『オマエハ、モウ、イラナイ』
「…………ッっ!、はあッ、はあっ……」
荒い息を繰り返しながら、胸を抑え込む。
心臓の音がうるさいほど鳴り響き、全身から汗が滝のように流れていた。
「……ギリュウさま?ギリュウさまもどこかイタいの?」
街の喧騒と心配する少女の声に、ハッと我に返る。
どうやら、通りの真ん中で立ち尽くしていたようだ。
ジッとこちらを覗き込む少女に、ギリュウは笑顔を作って答えた。
「あ、ああ。大丈夫だ。悪ぃな、心配させちまって」
「……?」
「ほら、治療の続きだ。さっき転んだところ、見せてみな」
「うん」
少女は素直に頷き、膝小僧を見せる。
ギリュウは血が滲んでいるのを確認すると手をかざし、ブツブツと詠唱を始めた。
すると、傷口が温かい光に包まれていき、瞬く間に傷が塞がっていく。
「すごい!ギリュウさま、まほうつかいみたい!」
「はは。これでも元勇者だからな、もうケガすんなよ?」
「うん!!」
「よしよし、いい子だ!それじゃあ…………………今もってるお金、全部だしてくれるかな?」
「あ、そっか。えっとね、アタシのおこづかい。これぐらいしかないけど………」
「ほー、1000Gか。親も太っ腹だな。いいだろう!またケガしたら声かけろよ?いつでも治してやっからな!」
「ホントに!?ありがとう!ギリュウさま!」
「またなっ!」
「バイバーイ!」
少女は笑顔で手を振り、大通りを駆けていった。
ギリュウはその背中が見えなくなるまで手を振り続けると……素の顔に戻り、呟く。
「やっぱりガキはチョロいなぁ…………」
――その様子を、二人の人物が遠目から眺めていた。
「……あ…………ぁあ……」
口をパクパクさせながら、声にならない声をあげるエルギア。
哀れすぎて見ていられないエリィ。
エルギアは、遠くにいるギリュウを指差してエリィに問う。
「まさか、あれが………」
「ギリュウさまです」
「え、あれが?」
「ギリュウさまです」
「いや、でも…………我の知る『勇者』とだいぶちが……」
「ギリュウさまです」
エリィは繰り返しそう言った。
「………スゥーーー、フゥーーー」
エルギアは少し間をおいて、大きく深呼吸する。
「エリィよ」
「はい」
「我が今からすること、目を瞑ってくれるな?」
「………………」
エリィは目を閉じ、にこやかに笑った。
――――「いやぁ。今日だけで、そこそこ稼ゲヌァ゛ァッ!!」
突如、何者かのドロップキックがギリュウの後頭部に突き刺さる。
ギリュウは何が起きたか分からず、そのまま派手に転んだ。
エルギアは、そのまま地面に倒れ伏す外道を見下ろしながら、吐き捨てるように言う。
「随分と落ちぶれたものだな」
「ィ゛ッ、ダレだッ、テメェッ!?オレがダレだか分かってんのかァ!?」
「ああ、キサマに用があって来た。その薄汚いツラ、貸してもらうぞ」
骨をポキポキと鳴らしながら、エルギアはそう告げた。
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「ゔ………、ここ、は……」
「ああッ!レリック!よかった、目が覚めたのね!」
「エリィ……。そうか……俺は助かったのか」
宿のベットから上体を起こすレリック。
まだ覚醒しきっていない意識の中、ぼんやりと辺りを見渡した。
「あの方がギリュウさまを連れてきてくれたのよ」
「……そうだったのか。あの方が……」
部屋にはエリィとレリックの二人しかおらず、他の人物の影は見当たらない。
「……俺。目が覚めたよ………………」
「レリック?」
「……エリィ。スライムに襲われたとき、俺、ホントに怖かったんだ」
「え……それは私だって」
「ちがう。お前を守れず一人になってしまうことがだ。そう思ったら……心の底から恐怖した……だから……」
レリックはエリィの手を取り、優しく握りしめる。
そして、彼女の瞳を見つめながら、はっきりと言った。
「俺、旅に出るよ。もっと強くなってみせる。魔王を倒せるくらいに」
「レリック……」
「いつか魔王を倒したら、一緒に暮らそう。エリィ……」
エリィの目から涙がこぼれ落ちる。
そして――。
「ええ!もちろんよ!」
ずっと。
ずっと好きだったエリックの胸に飛び込んでいった。
―――「お、、おお……ここにまた、新たな勇者の片鱗が……しかも、愛する者のために立ち上がるとか、最高のシチュエーションではないか」
ドアに耳を押し当て、中の様子を窺っている魔王。
こんな人間ドラマ、魔王城にいたら立ち会うことすら出来なかった。
その表情は、にやにやと緩みきっており、今にも顔が溶け出しそうだった。
「なぁ、帰っていいか?」
その後ろで、ぶっきらぼうに声をかけるのは、件の男。ギリュウだ。
「なッ!まだ何も終わっておらぬわ!」
「もう十分だろ!ガキに金は返したし、ドアの向こうにいるノロケ野郎の傷も治した!これ以上、アンタに付き合う義理なんてないだろ!」
「それとは別でまだ話があるのだ!とにかく、最後まで付き合え!」
エルギアはエリィたちに気づかれないよう、小声でまくし立てる。
「はぁ。なんで俺もこんなコソコソと隠れなきゃならねぇんだよ。馬鹿馬鹿しい」
―――ん……あっ……。
「ん?なんだ、この熱のこもった息づかいは?……心なしかベッドの軋む音も――」
「気が変わった。最後まで付き合ってやる」
ギリュウは真顔になり、ドアに近寄る。
「おいっ!詰めるでないわ!狭い!」
「しっ、喚くな!気づかれるだろッ!」
―――あ………。
――――――……あ……。
「ッぉお!?」
「な、なんて声出してやがるんだッ!いいぞもっとやれ!」
「ちょ、ノブに手をかけてどうするつもりだ!ま、まてッ!落ち着けッ!」
「決まってんだろ!最後まで見届けてやるんだよッ!アンタも気になるだろっ!」
「ぬかせ!それとこれとは話が別だ!ええい、ドアから離れろ!」
エルギアとギリュウはしばらく揉み合いを続けていたが、突如、部屋のドアが半分開く。
そして、中からエリィが顔を覗かせた。
「あの……………どうかされましたか?」
「「ッ!?」」
キョトンとするエリィに、二人はビクッと体を震わせる。
「ふー、やっぱエリィのマッサージは効くなぁ!ずっと寝てたから、身体ガチガチだったんだよ!今はもう、ほらっ!身体が軽い軽い!」
奥でレリックがベットから立ち上がり、伸びをしていた。
その表情は憑き物が落ちたように清々しい。
「フフ、もう。レリックったら、大袈裟なんだから」
エリィはそんなレリックに、優しく微笑みかける。
そして、エルギアとギリュウはというと――。
「…………あー。ワレ、ちょっと飲みたい気分かも………………行くか?」
「……………………おう……」
二人はギクシャクしながら押し寄せる罪悪感と共に、宿をあとにした。