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4日目


「おいおい! しっかりしてくれよ!」

『申し訳ありません……』


 いつも通り、珈琲店に入った時です。矢庭にメインカメラへ映ったのは、メーカーさんに対して怒鳴り込む男でした。


「まったく……。係員を呼んでくれよ」

『係員をお呼びしております。しばらくお待ちください』


 メーカーさんの電子表示板が「呼び出し中」と言った文字に変わります。すると直ぐに従業員が出てくると、男に向かって頭を下げていました。


「どうかなさいましたか?」

「どうにもこうにも、カフェラテを頼んだらエスプレッソが出てきたぞ」

「大変申し訳ございません。直ぐにお取替えいたします」

「気を付けろよ!」


 人間は本当に無駄としか思えない行動をとります。一言添えるだけで良いものの、ここまで声を大に喚き叫ぶ必要性など微塵も感じられません。全く非合理です。


 彼等のやり取りを尻目に、ワタシはいつも通り、飲みもしない珈琲豆をレジへ運びました。


『こんにちはロボットさん。今日も豆ですか?』

『ええ、レジスターさん。メーカーさんは何処か調子が悪いのですか?』

『恐らく。今日はこれで3回目のオーダーエラーです』

『そう、ですか……。ありがとうございます』

『良い一日を』


 買い物を終えたワタシがメーカーさんの元へ向かう頃、従業員の方が「使用中止」と明記したカードをメーカーさんに下げ、忙しそうに何処かへ向かっていくのが見えました。


 やはり何かしらの不調が生じたようです。


『メーカーさん。昨晩はどうも』

『あ、ロボットさん……。ごめんなさいね、少し内部の調子が悪いみたいで』


 表情が表示されるはずの電子表示版は「使用中止」のカードで覆われていて、メーカーさんが今どんな表情をしているのかも分かりません。それでもメーカーさんのどこか悲し気な電子音が、ワタシの胸に在る動力部辺りのナットを、きゅぅと締め付ける気がするのです。


『残念です。大した故障で無ければいいのですが』

『ありがとうロボットさん。明日にはきっと治ってるから』

『それでは、また来ます』

『またね、ロボットさん』


 思考回路にノイズが走って行きます。

 人で言うなら、何と言うでしょう。


 ◇


「これで4回目……。ここのところ毎日珈琲豆を買ってくるのよ」


「困ったな。サポートセンターに連絡してみようか。まだ保証期間だし」


 ワタシは室内を掃除しながら、様々な電子回路を巡らせていました。今日の昼間に起きたノイズ現象、動力部のナットを締め付けられるような感覚。それらは明らかに電子回路や身体機能の不調だと予期されます。


 この事象は一体何なのか、原因を追求し、解明する必要があるとワタシは考えていました。しかし何度か自己解析プログラムを通しても何一つ障害は発見されません。


 …………ふむ。


「エリック、エリック」


 ふと、高感度マイクが坊ちゃまの声を検知しました。振り返ると、坊ちゃまがA4用紙をワタシに向けて掲げていました。


「あのね、エリックを描いたんだ! あげる!」

『おや、これは実に愛らしいですね。ありがとう、大切にします』


 受け取った絵を見てみると、実に愛くるしくデフォルト化されたワタシが描かれていました。そしてその両隣には、旦那様と奥様。そして、坊ちゃま。


 色彩溢れる、温かい――絵。

 実際にはできませんが、絵の中の私は笑っていました。


 ――――――――。

 ――――。


 ……またです。


 原因不明のノイズが電子回路に走り、動力部に熱を帯びさせるのです。これはメーカーさんと相対した時に視られる症状と酷似していました。どうやらノイズにも種類があるようです。


 人の言葉を借りるのならば、ポカポカするというか……。電子信号が仄かな熱を帯びて、動力源に届くと言うか、なんというか。


 その時、


「エリック。今日はもういいわ。ありがとう」

『かしこまりました』


 奥様がそう申されましたので、掃除モードを強制的に遮断いたしました。坊ちゃんから貰った絵を一時収容保管場所へと入れ、プロセスを実行します。


『スリープモードに移行します』


 ある意味これは……助かったというべきでしょう。思考回路が焼き付くかと思う程、ワタシは自己解析プログラムと自己構成を何度も繰り返していました。メイン回路に対する熱伝導率が余りにも高く、このままでは破損の可能性もあったでしょう。


『おやすみなさいませ』


 次第に視界が落ちていきます。


 ああ。

 明日も、メーカーさんに会えると、良いな。


 ◇


「問い合わせしたら、明後日回収に来るそうだ。新品と交換してくれるって」


「あら良かった。保険に加入しといてよかったわね」


「ねぇ、パパ、ママ。エリックどこか悪いの?」


「大丈夫よ、直ぐに良くなるから」


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