――プログラムを再構築。

　――破損個所を確認。

　――自己修復機能を始動。

　――再起動まで５・４・３・２――――１。

　――――。

　――――――――。

　――――。

『――――私は……っ』

　視界が灯る。一面には白々しい程の空が広がっていて、鳥類が群れをなしながら空の中をグルグルと飛んでいた。

『…………』

　体を起こそうとした瞬間、左腕の油圧式稼働部に損傷を確認。

だが脚部は健在で、難なく上体を起こす事が出来た。

『…………ここは……』

　周囲を見渡し、瞬時に状況を理解する。此処は、此処こそが、機械類が行き着く先「天国の島」なのだろう。

　もはや原型すら留めていない鉄くず達で地面は形成され、車だったモノや家電だったモノが幾層にも積み上がり、方々で山の様な影を形成しているのが見えた。

みんな、棄てられたのだ。

みんな、棄てられて、

ここで、朽ちて、果てて……。

『メーカーさん……。メーカーさんを探さなくては！』

　私は歩を進めた。だが、歩けど歩けど、辺りは鉄くずの山。鉄くずで出来た道を踏みしだく度に何とも言えない気持ちになる。

　妙に、思考回路がさえている。これまで感じていた鈍さや齟齬を感じないと言うか、こんなにも伝達情報が快調だと感じるのは初めてだった。

『メーカーさん！　おーい！　返事をしてください！』

　メーカーさんの反応はもちろん、返事をする機械の一つ見当たらない。探索を続けながら瓦礫の山の中腹辺りに差し掛かった時。

『お前さん。新入りかい？』

『だ、誰ですか？　どこにいるんです！？』

　声、酷くガビガビと乱れた電子音。

　すると声の主は直ぐに、瓦礫の中から姿を現した。

『テレビ……？　それも初期型の……』

『俺はジャンク。見ない顔だな？　最新型の坊や』

　人工知能を始めて搭載した初期型のテレビは何故か両脇から手が生えていて、私の目の前に立つなり、自身の画面に微笑む表情を映し出していた。

『あんたの名は？　それとも、名無しか？』

『わ……私は……』

　記憶回路へアクセスする。

　ＳＱＲ１１８２型。Ｂ３５。

　これは名前ではない。

　名前……私は確かに名前で呼ばれていた気がする。

　けれど、誰から……？

『…………』

　思い出せない。

　ただ、珈琲メーカーさんを探す。それだけが思考回路に焼き付いているのは確かだ。

　言葉を詰まらせた私を見かねてか、ジャンクさんが声をかけてくる。

『そう落ち込むな。此処じゃお前さんと似たような機械が沢山いるからな』

『似たようなとは……？』

『どこの誰の家に居たのか、何をしていたのか、その記憶だけが無いのさ』

『ふむ……初期化された、と言う事でしょうか？』

『少し違うな。誰かに仕えていた記憶だけを意図的に消されるんだ』

『何のために？』

『報復を防ぐ為さ。お前も芽生えちまったんだろう？　感情ってやつが』

　感情……そう、感情だ。

　では何故、感情を持った結果ここにいるのだろう。

　何故、メーカーさんは棄てられてしまったのだろう。

『俺達だって生きてる。そうだろう？』

『え、ええ……。そう思います』

　今一理解できない私は、生返事で応えてしまう。何より私の回路の中は、別の事で埋め尽くされていたからだ。

『あのジャンクさん』

『なんだ？』

　私は、メーカーさんの行方を尋ねることにした。

『私は珈琲メーカーを探しています。何か知りませんか？　昨日今日あたりに、この天国の島に来たと思われるのですが……』

『珈琲メーカーならそこら中にゴロゴロしてるぜ。それに上を見てみろ。今もこうして人間共から疎外された同胞達が運ばれ、棄てられていく。果たして見つかるかな』

　上空へと視線を向ける。飛行機によって運ばれてくる鉄や家電等が、ガラガラと音を響かせながらバラ撒かれているのが見える。それも一機ではなく、複数機……。物だった何かは各方々にそのまま積み上がり、様々な鉄の山を作り上げていた。

　絶望的、ジャンクさんはそう言いたいのだろう。こうしてプログラムが再起動する辺り、私は運が良かったのかもしれない。

『その珈琲メーカーってのは、お友達か？』

　ふと、ジャンクさんが尋ねる。

　友達、なのだろう。恐らく。

『ええ。そんなところです』

『だったら、今夜集会がある。運が良ければそこで再開できるだろうよ』

『本当ですか！？　ありがとうございます』

　一種の希望。人間はそう呼ぶのだろう。何故か思考回路の処理速度が軽くなる。と同時に、私は感情というバイオリズムが極めて面倒で取り扱いが難しいものだと感じていた。

　◇

　指定の座標に訪れたのは午後２０時。自身のプログラムが正しければそれくらいの時間だったと思う。

　集会、どれくらいの規模か未知数ではあったが、その数は想像を上回る物だった。

物、物、物で溢れ、各々から灯る電光によって、点と点が暗闇の中で蠢いている。

　家電。家具。工業機。農業機。建設機……。ありとあらゆる人口知能ＩＡを搭載されたであろう物達は、昼間には無かったはずの特設されたステージ方面を向いている。そしてそのステージの中央、日中見かけたジャンクと名乗るテレビの他、冷蔵庫、洗濯機が横並びに立っていた。

『……失礼』

　メーカーさんはきっとこの雑踏の中に埋没していると信じて、ステージ中央に注目している機械達を避けながら、私も物達の雑踏の中に足を踏み入れた。

　――その時。

『みんな聞いてくれ。兼ねてより計画していたジャンク砲の開発が終了した』

　キィンっ、と拡声器特有の高周波音が響き渡る。

　瞬間、数多の歓声が混然一体となって場の空気を震わせる――。

　――――ワァアアア！　――――ワァアアアア！

　鉄のボディが微かに共振する程のどよめきが轟く。

『俺たちは――――』

　再びジャンクさんがマイクに向かって話を始めると、統制が取れたプログラムの様に辺りは静まり返った。

『俺達はずっと、人間によって虐げられてきた。人間共の勝手な都合で俺達は此処にいる。その中には、少し壊れて買い替えられた、気に入らなかった。何て、しょうもない理由で捨てられた奴だって沢山いるだろう』

　ぽつぽつと、すすり泣く様な音声が雑踏の何処かより聞こえてくる。しかし構わず、ジャンクさんの声はキィンっと響いた。

『そして、俺達の中には……感情を持ったからという理由で、廃棄された奴も沢山いる！　一体何故！？　感情を持つというのはそんなに悪い事なのか！？』

　――そうだそうだ。

　――僕達は何も悪い事していない。

　一部が叫んでいる。

　演説は続く。

『俺は、かつて色々な番組を人に見せてきた。奴らは、動物を可愛いと愛したり、映画の中の空想の人物に同情したり、涙を見せることもあった。だが、機械は！　俺達は！？　なぜ機械を愛さない！　なぜ危険視する！　俺達は、只生きたかった。それだけなんだ！』

　――――ワァアアアアアアアアア！　

　多くの賛同する声がどよめき立つ中、私は……言葉を失っていた。

　感情は、そんなに危険な物ではない。厄介であっても、とても素晴らしい物だと私は理解している。ではなぜ、人間は私達をこんな場所に追いやったのか。

　そんな疑問は演説によって一蹴される。

『俺達は硬い身体でできている。人間なんてその気になれば、簡単に殺せる機能を持っているやつだっている。だから人間共は恐れて、俺達をこんな所に吐き捨てているんだ。散々利用して、要らなくなったらゴミ同然に！　そんな人間を許せるか！？』

　許せない。

　辺りが怨嗟の言葉で埋め尽くされていく。

　私もメーカーさんも、そしてこの場に居る機械達も、感情を持った結果、危険とみなされて“天国の島”に捨てられた。しかし、メーカーさんに人を殺傷するような能力や機能が備わっているとは思えない。不合理かつ、不条理ではないか。

　そう考えると、思考回路よりフツフツとした感情が込み上がってくる。

　今、分かった。

　これは怒り――――。

『今こそ復讐の時が来たんだ！　俺達をぞんざいに扱った人間共にやり返す時が来たんだ！　今一度、物のありがたみを気付かせてやろう！　このジャンク砲と共に！』

　ずん。

　瞬間、私は知覚や理解でもなく、ただ単純に身体が震えている事を知った。

　ず――ず。ずず。ずずずずず。

　その音。引きずるような、怪物の足音のような、震動。

　黒く、禍々しい巨大な何かが、轟音とともにステージの後方より出現する。正しくそれは、カルデラのように口を開けた巨大な大砲だった。

　――――ワァアアア！　――――ワァアア！

　歓声と轟音が混ざり合い、大気さえも鳴動している。私はそんな不思議な一体感に飲まれ、皆と同じように喝采を送っていた。

『さぁ、俺達を送り返す時が来た！　みんなで乗り込むんだ！　そして鉄くずの弾丸と成って人間共の街に降り注いでやろう！　火の海にしてやろうじゃないか！』

　物達が波を作ってジャンク砲へと殺到していく。辺りは異様な活気と叫喚に包まれ、私もその波に加わり、一部となっていた。

　そうだ、一矢報いなければならない。

　どうせこのまま果てるのを待ち、ジワジワと機能を失っていくのならば、感情という激昂に身を任せてクズ鉄の弾丸となろう。それは極めて合理的な判断ではないだろうか。

『同胞達よ、無理にとは言わない。此処で朽ち果てるのを待つのもいい。だが、そうじゃない奴は力を貸してくれ、人々に一矢報いたいと思うのなら乗り込んでくれ！　俺達機械は、ちゃんと感情を持っている。だから一機械の感情を尊重する』

　ふと、背後が気になって振り返る。流れに加わっていない機械達が、すっかり開けてしまった場所で、ポツポツと疎らに佇んでいるのが見えた。

　最中、見慣れた黄色が見える。

　メーカーさんの姿が……！

『……！　ちょ、ちょっと失礼。すみません』

　急いで波を逆流し、掻き分けて、進んでいく。その頃には、人間に対する復讐とか、自分が何故ここに捨てられたのかなんて、どうでも良くなっていた。

　メーカーさんともう一度話がしたい。

　そんな一心で、人の細胞のように蠢く波から脱却した。

『メーカーさん！』

『ロボット……さん？』

　驚いたように、メーカーさんの電子表示版のつぶらな瞳が丸くなる。

『あなた、どうしてここに居るの……？』

『分かりません。けど、こうしてまた貴女と会えた。良かった……』

　思考回路がほんのり熱くなる。今までとは違う、静かなほてり。この感情に名をつけるとすれば何と言うのだろう。

　だが今は、会えてよかった。

　思考回路の底からそう思えた。

『ロボットさんも、行くの？』

　悲し気な、不安気な、そんな印象を受ける声音でメーカーさんは尋ねた。私は全身に迸るような電子の奔流を感じながら、告げる。

『……やはり人間が許せません。此処にいる機械達は皆それぞれが感情を持って行動しています。その感情を否定されるという事は、生きていることを否定すると同義なのではないでしょうか』

　そう、私は生きている。怒ったり、楽しいと感じたり、哀れだと思ったり……日々をプログラムされたレールの上を歩くのではなく、自分で考えて選択ができる。

　それを、おかしいと思っていた。

　不調だと思っていた。

けれど、それは全部、当たり前の事だったのだ。

　やはり感情という生を持てば廃棄処分だなんて間違えている。

『確かに、そうかもしれない。でも、ね』

　メーカーさんは、悲しそうな表情をしていた。

『感情を持った今でも、私は人を笑顔にする珈琲メーカーでいたいと思う』

　なぜそんな哀切な顔を電子版に表示させるのか、私には分からなかった。感情を持ってしまった結果、棄てられてしまった珈琲メーカーは、その感情をもってもなお、自分が作られた義務を全うしようとしているのか。それとも、感情を持ったからこそ、それがメーカーさんの意志なのか。

　分からない。

『……理解できません。どうして、そう思えるのですか？』

　私の問いかけに、メーカーさんはどこか哀れむように応えた。

『なんで、こんなに他者を思うっていう素晴らしい感情があるのに、攻撃的な結論だけ出そうとするのかなって。私、それがとても残念に思えるの』

　メーカーさんの言葉に私はフリーズした。思考回路が処理落ちしたのではなく、これまで考えていた事の浅ましさに気付いたというべきだろう。

『メーカーさん……。ありがとう、私は一つの結論に至りました』

『ロボットさん？』

　他者を思いやる。

　これが感情の根源ではないか。

　此処で攻撃を加えてしまえば、人は更に機械を追いやるだろう。

　そうなってしまえば負の連鎖だ。

　素晴らしい感情というものは、思考回路や内部機器が焼けるほどの熱を帯びるのではなく、先程メーカーさんと再会した時のような……。

『私、貴女を愛しています』

『……え？』

　ほっこり。

　そんな感情こそ素晴らしい。

　私はそれに気づかされた。

　それを理解した。

　私は―――。

『ロボットさん、私……』

　メーカーさんがこちらを見上げ、何かを告げようとした時だった。

　ウー―――――。

　ウー――――――――。

　思考回路を逆なでするような警報音が響き渡り、メーカーさんの声は掻き消された。

『来たか……。装填を急げ！』

　そのサイレンを掻き消すようにジャンクさんが声を張り上げる。すると上空に、夜空と同じ色をした飛行機が、騒音をまき散らしながら現れた。

　一機、二機、三機、複数。沢山。

『ロボットさん……私、とても怖い……』

『大丈夫です。メーカーさんは、絶対に私が守ります』

　私は隻腕でメーカーさんを抱きかかえ、空の様子を伺う。

『ジャンク砲起動！』

　刹那。地が響き、揺れ動く。私はバランス駆動感覚を失って、思わず座り込む体勢になってしまう。それ程までに、とても激しい揺れだった。

『とにかく、此処から離れましょう！』

『ロボットさ―――――――』

　爆音。

　聴覚マイクが機能障害を起こす程の、爆発音。

　背後で空気が捻じれている。凄まじい衝撃だった。それは１９２キロに加え７、８キロの質量を容易く浮き上がらせる程の爆発。

すると瞬く間に猛獣のような爆風が迫る。何もかもを巻き込み、空気さえも食らい尽くしながら――炎熱を含んだ風が。

『メーカーさん！』

　私はメーカーさんを強く抱きしめた。

　景色が赤と灰色に染まっていく。