ミケが看板受付嬢となってからは、ミケを一目見るために、連日多くの冒険者が列を成した。
競合ギルドと切磋琢磨していた冒険者ギルドは、僅か一夜で王都一の有名ギルドへと突き抜けた。
受付台に入って来る冒険者は、いつも緊張した面持ちで布をくぐり、ミケの顔を見た瞬間に昇天しそうなほど表情を崩す。
時々、ミケに手を伸ばす不届き者も現れるが、ミケの背後に立つ護衛によってその手はすぐに止められる。
ここは、あくまでも冒険者ギルド。
冒険者ギルドにおいて職員に手を出すことなど、マナー違反も甚だしい。
よって、冒険者にできることは、ミケの目の前で仕事の依頼書を見て、ついでに眼球だけを動かしてミケをチラ見することだけだ。
冒険者ギルドの職員も、当然ミケも視線に気づいていたが、咎めることはなかった。
見た目麗しい受付嬢がいれば、ちらりと見てしまうのは人の性。
事実、ミケを守っているはずの護衛の視線も、時々ミケへちらりと向かっていた。
(人気者は辛いのう)
ミケは、そんな視線を受けながら、自尊心に浸っていた。
ミケは、愛玩動物として生きてきた。
無条件に住居を用意され、無条件に食事を用意され、無条件に可愛がられてきた。
故に、ミケにとって好かれることは標準装備。
人間からの視線を悪いようには取らなかった。
そしてミケは、受付嬢としてファンサービスを欠かさないという責任感もあった。
愛情を奢られることに驕ることなく、目の前にいる自分に会いに来てくれた冒険者に、真摯に向き合っていた。
ミケは冒険者の全身をじろじろと眺め、体つきから装備までを余すところなく観察する。
そして、冒険者がペラペラとめくっていく依頼書の一枚に、猫パンチを振り下ろした。
「お、おネコ様……! 私には、この依頼がぴったりだと?」
「にゃー」
「や、やります! やらせていただきます!」
「にゃー」
ミケの一振りは、神の啓示にも等しい。
冒険者たちはミケに勧められた依頼書を悩むことなく受け取る。
「では、こちらへどうぞ」
「はい! おネコ様! ぼく、絶対に期待に応えてみせます!」
「にゃー。にゃにゃにゃ!(おう。期待しておるぞ!)」
依頼書を持った冒険者は、職員に連れられて別の受付台へと移動する。
ミケは、文字が書けないし、人間の言葉を話せない。
よって、ミケの仕事は冒険者に合わせて依頼書を勧めるところまで。
後は、人間の職員の仕事だ。
ミケは、一人の冒険者を見送った後、次に入って来た冒険者に依頼を見繕う。
(この仕事は、お主には少し難しいじゃろうな。こっちが良いぞ)
(この資源は今不足しておっての。お主に任せたい。得意分野じゃろ)
(この依頼、お主には少し難しいかもしれんが。今のお主なら大丈夫じゃろ)
ミケの采配は、冒険者にとっても冒険者ギルドにとっても適切だった。
特に後者、冒険者が敬遠するような依頼書でさえミケが勧めると誰も断ることがないが故に、依頼者からいつ依頼を終わらせてくれるんだというクレームが劇的に減った。
冒険者だけでなく仕事の依頼者の機嫌も良くしたことで、ギルドマスターは毎日ホクホク顔だった。
「うにゃー……(つ、疲れた……)」
「!? 大変! おネコ様がお疲れに! 終了! 終了です! 今日のおネコ様の受付は終了でーす!」
ミケの受付業務の終了は、ミケの疲労が限界に達した時だ。
受付の人間たちはすぐさまミケを抱きかかえて、建物の奥へと引っ込んでいった。
「ああ、おネコ様がお帰りになられてしまった」
「仕方ないだろ。お疲れなんだから」
「そうだねー。仕方ない仕方ない。仕事の受注どうする?」
列に取り残された冒険者たちは、一つも不満を零すことなく、列をばらばらに解散させる。
ダンジョンに入るために、仕事の受注は必須。
このままこのおネコ様のいない冒険者ギルドで人間の受付嬢から仕事を受けるか、それとももっとサービスの良い別の冒険者ギルドで仕事を受けるかの二択。
列の八割は冒険者ギルドから去っていき、残り二割は別の受付台へと歩いて向かった。
「うにゃー……」
「おネコ様! 食欲はありますか? お身体をお拭きしましょうか?」
ミケは、ふかふかの毛布の上で体を丸め、職員たちの献身的な介抱を受けていた。
ミケが口を開ければ、口の中には肉や魚のかけらが放り込まれる。
異世界にしかない味に、当初ミケは困惑したものだが、長年過ごせば慣れるもの。
時々キャットフードの味を懐かしがりながらも、ミケはむしゃむしゃとご飯を食べていく。
「う、にゃ」
「!! おネコ様がおねむだ! 布をもっと持ってこい!」
慣れたのは、冒険者ギルドの職員たちも同様。
ミケの鳴き声でミケが何を求めているかを速やかに察知し、準備へと取り掛かる。
口を閉じたミケの上には、次々と布か乗せられていき、ミケは温かさを求めるようにさらに体を小さく丸める。
「うにゃぁ」
「ストーップ! おネコ様が満足された! 全員、退室!」
職員たちが去って静かになった部屋の中で、ミケはすやすやと眠りに落ちた。