日も沈み、そろそろスルーカの仕事も終わろうかという頃。この時間帯になると決まってとある人物がやってくる。スルーカにとっては、ちょっとだけ嬉しい時間だ。
「お姉ちゃん。迎えに来たよ!」
そう言って、笑顔でクレーム対応窓口の前に立つのは幼い顔立ちの少女だ。スルーカと同じ黒髪で、少し歳下。可愛らしい。コミュはスルーカにとって大切な妹だ。
「コミュ、お姉ちゃんはもう少しだけ仕事です」
「そうなんだ。じゃあ、私と雑談してようよ。クレーマー係なんでしょ?」
「あのね。あなたはクレーマーじゃないでしょ」
スルーカは肩をすくめた。やがて彼女は「良いよ」と言って、コミュの話し相手になる。コミュが通う魔法学園のあれこれを聞くのは、スルーカも好きなのだ。
「最近ね。学園ではチョコレートってお菓子が流行ってるの? チョコレートは知ってる?」
「最近流通し始めたお菓子でしょう? もちろん、知ってる」
「だったら話が早いね。最近はチョコレートを買うだけじゃなくて、自分で作っちゃう子もいるんだよ。溶かしたチョコを型にとってね。冷やしたら、可愛い形のチョコが作れるんだ。ハートとか、クローバーとか」
「へえ」
それなら今度スルーカも、そのお菓子を、作ってみようかと思う。チョコを作ってあげれば、コミュが喜んでくれるかもしれない。
「それでね。中にはすっごいチョコを作ってきた子も居るんだよ!」
「すっごいチョコ?」
聞き返すスルーカに、コミュはコクコクと首を振る。興奮気味の彼女を見て、スルーカは楽しい気分になってきた。
「なんと! 手の形をしてるんだよ! しかも立体! リアルな手の形をしていて、どうやって作ったんだろうねえ?」
「うーん……それは、手の形をした型を作ったんじゃないかな?」
「いや、それはどうかなあ? 私もそうなんじゃないかって、その子に聞いたけど違うって。不思議だよね。お姉ちゃん」
コミュは難しそうな顔だ。まあ、それが答えなら彼女も疑問には思わないか。とすれば、どんな方法でリアルな手の形のチョコレートを作ったのだろう? スルーカも気になってきた。
「……何か他に、そのチョコレートについて気付いたことはある?」
「気付いたこと? そうだなあ……あ! そういえば、チョコの裏側は空洞になってた。あれは何なんだろうねえ?」
「ふむ。チョコの裏側が空洞……ちょっと待ってて、分かってきたかもしれない……」
推理をするために必要なピースは揃ったような気がした。あとは……それを組み合わせていくと……一つの答えがスルーカの頭に浮かんだ。思ったより、シンプルな答えなんじゃないかと、スルーカは笑みをこぼしてしまう。
「お姉ちゃん、何か分かったって感じ?」
「うん、たぶん。こういうことなんじゃないかな?」
スルーカはコミュに向けて腕を伸ばし、手を開いてみせた。その様子にコミュは首をかしげている。そんな彼女を可愛いとスルーカは思った。
「つまり、これが、チョコレートの型なんだよ。体の一部を使って、チョコの型をとったんだ。だから、型は作ったんじゃなくて、最初からあったんだ」
「手にチョコを塗って型を作ったってこと? でも体温でチョコが固まらないんじゃないの?」
「そこは、あらかじめ手を冷やしていたり、チョコを塗った後にも手を冷やしたんじゃないかな? 例えば氷水とか、氷雪魔法を使って」
「なるほど」
「それで、手の上から塗ったチョコが冷えて固まったら、チョコを手から外す。そうしたら裏側は空洞な、手の形のチョコが作れると思う。たぶん、こういうことだと、私は考えました」
「おー! 凄い! 謎が一つ解けた! お姉ちゃんは頭良い!」
妹に褒められて、スルーカは、ふふんっと得意な気持ちになってしまう。と、そのタイミングで就業の時間になった。今日のところはスルーカの仕事はおしまいだ。
「コミュ、少し待ってて。帰りの準備をしますからね」
「はあい。ここで待ってるからね」
「なるべく、急いで戻る」
少しして、スルーカは私服に着替えて妹の元へと戻った。妹と一緒に冒険者ギルドの建物を出て、並んで歩く。その途中、コミュが「そうだ!」と何か思い付いたようにスルーカを見た。スルーカの方は何だろうかと身構えてしまう。
「お姉ちゃん。良いものあげるよ!」
「良いもの?」
それはいったい何か、スルーカには見当がつかない。そんな彼女に、コミュは手の平を出すように促す。言われるがままに手を開いたスルーカにコミュが小さな包みを渡してきた。可愛らしい紙で包まれたそれ。開けば良いのだろうかと、スルーカは戸惑いながらも包みを解いた。
「あ、これ……」
「うん! チョコレート! 私から、毎日頑張ってるお姉ちゃんにプレゼント!」
「嬉しいな。ありがとう」
「ほら、食べてみて! 美味しいんだから!」
スルーカは、その小さなお菓子を口に運んでみた。柔らかな甘味が口いっぱいに広がる。妹からのプレゼントということもあり、幸せな味だと感じられた。
明日も頑張ろう。スルーカはそう思った。