冒険者ギルドの昼過ぎ。スルーカの元へと新たなクレーマーがやって来た。若い女で、いかにもな、お嬢様。彼女はスルーカに扇子を向けて、文句を言ってくる。こういう手合いの対応にもスルーカは慣れている。スルーカからすれば、このようなお嬢様は可愛いものだ。実際、金髪碧眼の彼女の見た目は可愛らしい。
「いったいどういうことですの! こちらのギルドに護衛を任せた冒険者が、まるで役に立たないではありませんか!?」
「護衛任務は問題なく完了したようですが」
スルーカはそのように聞いている。実際、屋敷の執事がギルドへ礼を言いに来ていたのを見ている。だというのに、何か問題があるというのか。まったく、我儘なお嬢様だとスルーカには感じられる。
「私が言いたいのはですね! 冒険者のハンスが、護衛の仕事しかしないことについてですの! 魔物や盗賊と戦うことしかしないで、私にまったく構ってくれないのですよ!」
お嬢様、顔が若干紅潮している。これはあれか? とスルーカは思うものの、どうしたものやら。困ってしまう。
「護衛任務ですから」
お嬢様に構ってやるなんて仕事は、護衛任務には含まれないはずだ。構ってほしいのなら、いっそのこと、そういう依頼を出してしまえば良いのだ。と、スルーカから助言する必用を今は感じない。でも、もしスルーカの考えることが当たっているならば……場合によっては、助言が必用になるかもしれない。
「確認なのですが……あなたは冒険者が役に立たないことを怒っているのですか? それとも彼に構ってもらえないことを怒っているのですか?」
「それは……後者かもしれませんが……」
このお嬢様。もしかしたら、案外素直かもしれない。話しているうちにそう感じたスルーカは、彼女のために助言をするべきだろうと決めた。おそらくこのお嬢様は、素直になれない性格だというだけなのだ。
「そういうことなら、私はあなたの力になれるかもしれません」
「力に? あなたが?」
「……ハンスさんのことが好きなのでしょう?」
「な……! どうして……! そんなことを、思うのかしら!」
ここまで言ってるのに、素直になれないのか。とスルーカは呆れた。とはいえ、どうしてそう思ったのかと聞かれたなら、答えるべきだと考えた。
「まず、あなたが、ハンスさんの名前を覚えていたこと。単なる護衛任務の冒険者を、良家のお嬢様が名前まで覚えているということは、相手に強い興味を持っているということ……ではないでしょうか?」
「むむ」
「そして、あなたは、ハンスさんが構ってくれないことについて文句を言っている。たまに冒険者が身の回りの世話をしないことに文句を言う者も居ますが、あなたはそうではなさそうだ。そして何より」
「むむむむ」
「あなたはハンスさんの名前を出す時に、顔を紅潮させていた。こんなに分かりやすいひとはいませんよ。あなたはハンスさんが好きなのでしょう?」
スルーカがそこまで言うと、お嬢様の顔が再び紅くなった。本当に、分かりやすい。
「むあー! もういい! もういいですわ! 認めますとも。私は、私の好きなハンスがなかなか構ってくれないことに、モヤモヤしているのです」
お嬢様はようやく素直になった。これでスルーカはお嬢様に助言ができる。素直な子は好きなのが、スルーカだ、
「では、助言させていただきます。ハンスさんが、植物に詳しいことはご存じですか? あの方は非常に博識ですよ」
ハンスという男は、男爵家の三男が趣味で冒険者をやっているような人物だ。けど、まあ彼の出自についてはお嬢様に教える必用はない。仲が深まれば知ることになるだろうし、すでに、知っているかもしれない。今更、説明をするものではないだろう。スルーカは必用の無い説明をするのは面倒くさく感じてしまう。
「というわけで、彼に街中の植物園での護衛を依頼してみるのはどうでしょう?」
「街中の? 植物園なら、わざわざ冒険者ギルドに護衛をする必用はないように感じますが?」
スルーカの言葉にお嬢様は、はて? とでも言いたげな顔をした。この子は素直だが、結構察、しが悪いなとスルーカは思った。まあ、必要な説明ならスルーカも喜んでする。
「……最近、ウエスタニアの街に作られたばかりの、植物園は比較的治安の良いところです。ですが、万が一ということも考えられるのです。お嬢様」
「はあ……つまり、どういうことですの?」
「つまりですね。植物に詳しいハンスさんを、護衛依頼ということで、デートに誘ってはいかがでしょうかと提案しているんです」
スルーカがそこまで話して、ようやくお嬢様は、ハッとしたような顔になる。ここまでの説明でようやく、お嬢様にも理解ができたようだ。とスルーカは安心する。
「私、ハンスさんに新しい護衛依頼を出しますわ! 今すぐにでも、依頼をしたい気分でしてよ!」
「クエストの依頼は別の窓口となっています」
「では! ありがとうね! あなた!」
クレーム対応係のスルーカは仕事中に感謝の言葉を受けることは少ない。だから、そういう言葉は慣れなくて、むず痒いものだとスルーカは感じてしまう。
なんにせよ。スルーカも良いことをしたと思える午後だった。