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三話 それはどこのアレンさん?

「ユエちゃ〜ん! 今日も可愛いねぇ〜」


「おはようございます。それとクエストを受ける気がないならお帰りください」


 朝八時三十分から、ギルドの受付嬢の仕事が始まる。


 朝一から酔っ払いのオジさんに絡まれるなんて日常茶飯事だ。


 だが、今日の俺は無敵だ。何故なら昼にはユエとデートだから。


「今日もユエの受付だけ一段と人気ね〜」


「先輩……いえ、そんなことはないですよ」


「謙遜しちゃって。以前は冒険者が集まりすぎてウザいとか言ってたくせにー。いつからだっけ? 別人のように受付の対応が変わったのって。それより休憩時間だし、少し抜けない?」


「いいですよ」


 朝十時頃には一旦、仕事が落ち着くため、俺は先輩と休憩室に行くことにした。


「ワタシはさ〜、ユエが受付嬢としての自覚が出てきて嬉しいんだよね」


「私もセリナ先輩と一緒に働けて嬉しいです」


 この人はユエの三つ上の先輩で、名前はセリナ。肩までの赤髪で、胸はリンと並べるくらい大きい。


 受付嬢の制服なんて、今にもボタンが弾け飛ぶんじゃないかってくらいの巨乳の持ち主だ。


「前は私と働けることに感謝したほうがいいって自信満々に言っていたくせに、今日はどうした〜? たとえ、お世辞だったとしても先輩としては嬉しすぎだわ〜!」


「ちょっ……セリナ先輩、苦しいですって」


「女同士なんだから恥ずかしがる必要もないでしょ〜? せっかくなんだから、アタシの胸を堪能しな、ねっ?」


「っ……」


 セリナ先輩の胸に顔を無理やり押し当てられる。お世辞抜きで普通に窒息死しそうだ。


 それに、俺は大きい胸には微塵も興味がない。興奮もしないし、むしろ、虚無だ。


「胸といえば心無しか、ユエのも大きくなったんじゃない?」


「きゃっ……!?」


 後ろから抱きしめられたと思ったら、急に胸を揉んできた。これが女同士のスキンシップというやつだろうか。


「と、思ったらそうでもなかった! ユエってば男っ気がないから、いつまでも小さいままなんじゃないの〜?」


「それ、なにか関係あるんですか……っ」


 胸を触りながら普通に会話を続けるな。


 薬で女の身体になってるから、胸を揉まれれば普通に感じるんだよ。


 くすぐったいから早く離してくれ……。


「女はね? 男を知ってこそ、女性ホルモンが活性化されて胸が大きくなるのよ。あっ、彼氏とかに触ってもらえば大きくなるって話も聞くわね」


「そ、そういうのは私には早いですよ。それに私には兄がいますから……」


「あっ、兄で思い出した!」


「へ?」


 急に離れたかと思ったら、ビシッ! とこっちに指を向けてきたセリナ先輩。

 一体なんなんだ?


「そういえばユエのお兄さんって、あの有名なアレンさんよね!?」


「え、えっと……」


「Aランクパーティーメンバーの一人でイケメンだし、高身長でしょ? あの若さで、もうAランクとか結婚したら玉の輿になれるわ〜」


「……俺は妹にしか興味ない」


「えっ?」


「あっ……なんでもないです」


「妹なのにお兄さんが有名人なのも知らないのぉ!? あれは見るだけでも目の保養になるわよ。最近は、以前よりギルドに顔を出さなくなったけど、アレンさんは個人情報はほとんど秘密でしょ? 妹がユエだってことはわかるけど、それ以外は秘密だって言うし。そういう掴みどころがないミステリアスな部分も受付嬢には人気で〜……」


 そのあとも永遠に俺のことを話していた気がするが、あまりの興味のなさに右から左へと会話のほとんどが抜けていた。


 高身長なのは百歩譲ってわかるが、イケメンでミステリアスなアレンさんって、一体どこのアレンさんなんだろう。

 とても自分の話を聞いてるとは思えない。


 ほとんどの個人情報を話さないのはミステリアスなんじゃなくて、他人に自分のことを知られたくないからだ。


 冒険者の中には隣国のスパイなんかもいたり、魔族が混じっていたりすると聞くからな。冒険者たるもの弱点を易々と晒してはならない。


「ちなみにアレンさんって恋人とかいるのかしら?」


「えー……」


 この話、いつまで続くんだ? もしかして、いつの間にか恋愛トーク始まってる?


「あっ待って、まだ言わないで」


「え?」


「これもウワサなんだけどね? 妹のユエなら、このウワサが真実かどうか知ってると思って。実は……」


「……」


 ごくりと息を飲んだ。妙な緊張が走る。


 ついに俺が妹にしか興味がないシスコン野郎だとバレたのか? パーティーメンバー以外には極力隠してきたつもりなんだが……。


「夜な夜な日替わりで違う女性と交わってるってホント? しかも、聞いた話によると爆乳お姉さんがタイプとか。それなら、アタシでもワンチャンあるかしら?」


 自身の胸を強調するかのように、くねくねし出すセリナ先輩を横目に、俺は飲んでいた紅茶を豪快に吹き出した。


「ちょっ……ユエってば大丈夫!? 制服もびしょ濡れじゃない!」


「だ、大丈夫です。少しむせただけですから……」


「アタシ、替えの制服、持ってくるから少し待ってて!」


「ありがとうございます」


「制服はたしか、こっちだったような……」


「……はぁ……」


 制服の替えを探しに別の部屋に行ったセリナ先輩を確認した俺は深いため息をついた。


「誰が日替わりで女と交わってるって? 爆乳女なんて眼中にないっての……」


 俺は紅茶で濡れた制服を脱ぎ、下着姿になったまま椅子の上であぐらをかいた。


 女の姿だと、この狭い椅子でもあぐらかけるのがいいよな……。


「大体、俺は……まだ……その、」


 言葉にするのも恥ずかしい話だが、俺は今まで一度も女と大人の火遊び的な何かはしたことがない。


 つまり簡単に言えば童貞なのだ。


 俺と同じくらいの年齢の貴族なら、間違いなく結婚している。


 俺の家系はそこまで身分は高くないし、見合いなんてものはそもそもない……わけじゃないが、俺が冒険者を続けたいという理由で断っている。


 本当は結婚なんかしたら、ユエと過ごせる時間が減るからお断りってだけなんだけど。


 もし両親に本当のことを言えば、説教だけじゃ済まなくなるのは最初から分かりきってる。


「そもそも女と火遊びとか怖すぎる……」


 リンを見ていたらそうだ。女の本性は怖い。本当は何を考えているかわからない。


 表では仲良くしていても、裏では友人の悪口を平気で言ったりする。実は男に興味がある振りをして百合だったとか、な。


 酒に酔った勢いで一夜限りのパーティーをしようものなら、翌日には一文無しになっていた、なんて話も珍しくはない。


「その点、妹は生まれたときから知ってるし、俺のことを裏切ったりしないし……」


 まだ裏切られた経験はないが、これからあるかもしれないし……。


 本当の俺はイケメンなんかじゃない。中身はかなりのチキン野郎だ。


 それでも戦う力さえあれば、ユエを守ることは出来る。だから、俺には女と遊んでいる暇なんてない。


「ふ……ぶえっくしゅん!! さみ……」


 さすがに下着姿だと寒くなってきた。

 ……セリナ先輩はまだだろうか。


 それよりもあと少し頑張れば愛するユエとのデートなんだよな……。


 よしっ、あと少し受付嬢として頑張るぞ。


 ……あれ? 本当はユエが受付嬢なんだよな? と、ふと今の置かれた状況に疑問を残しながら、俺は代わりの制服に着替えたあと、受付嬢のカウンターに足を進めるのだった。

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