都内のひっそりとした一角に佇む
ここは、知る人ぞ知る隠れた名店である。
一見客はもちろんお断り。紹介がなければ、扉は開かれない。
そしてこの鮨屋は、インターネットにも雑誌にも店の情報が乗っていない。
電話番号すら公開されておらず、予約を取る難易度は、全飲食店中、最大であろう。
お店で注文できるコースは「店主のおまかせ」ただ一つ。
出てくるのは、二十貫のお鮨のみ。
しかしそれは、鮨のかたちを借りた、“時” と “世界” を食する壮大なドラマだった。
店主のおまかせコース、最初の一貫は、なんと玉子から始まる。
しかし、一貫目からお客様の期待をはるかに上回る鮨を提供するのが、ここ「群鶏」の流儀だ。
続く鮨への期待を高めるよう、控えめな味に抑えながらも、素材の旨みを極限まで引き出したこの一貫で、食のドラマは幕を開ける。
次の二貫目は、玉子だ。
極上のお出汁を利用し、ふんわりと蒸し上げたその存在感は、まさに口の中で響き合うハーモニー。
ここでしか出せないその玉子の味に早くも店主の腕に惚れ込む常連が続出。
その後も玉子が続き、ついにメインディッシュの位置に登場するお鮨は玉子だ。
玉子特有の甘みを極限まで引き出したその玉子の味は、我々の持つ玉子の概念を根底から覆す。
もはや玉子が玉子であって玉子が玉子でなくなる瞬間。
長年の店主の修行の成果がこれでもかと詰め込まれた玉子。店主が人間国宝に選出されるのも時間の問題だろう。
そして玉子のあとに玉子が出され、二十貫目、最後に出されるお鮨は玉子だ。
十九貫を食べ終えたあとのフィナーレを飾る最後の玉子は、これまでの味わいを優しく回想させるような、穏やかで深い余韻をもたらす。
優しい甘さ、優しい歯ごたえ、いまだかつて、お鮨でここまで研ぎ澄まされた優しさを表現出来た方はいらしただろうか。
この玉子で持って、二十貫のドラマは終幕を迎える。
都内のひっそりとした一角に佇む鮨屋「群鶏」。
ここで提供される鮨は、鮨でありながら、もはや鮨ではない。
それは、"時" と "世界" を食する壮大なドラマである。
【二十貫のドラマ】