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朱雀33

なーつーもーちーかづーく はーちじゅーうはーちやー

のーにもやーまにも わーかばーがしーげーるー



アングリア王国領ベルグルード地方。

春の陽が貴族の城郭を照らし、風は花の香を運んでいた。


「お初にお目にかかります、ミレイユ=ド=ルヴェール伯爵令嬢」

「こちらこそ。お噂はかねがね、グレイヴ男爵」

令嬢は絹のヴェールを微かに揺らしながら、白馬の横に佇む。


見つめ合うその目線の交錯は、明らかに「形式」以上のものを孕んでいた。



あーれーにみーえるーは ちゃーつみーじゃなーいーかー

あーかーねーだーすきーに すーげーのーかさー



数日後――。


石畳の小路を、ひとつの馬車が行く。

窓には緋色のカーテン、車内では若き貴人ふたりが向かい合っていた。


「ここから先は領民が愛する花畑。庶民の娘たちは、そこにて季節の冠を編むのだとか」


「まあ、風雅ですわね。民の遊びに学ぶことが、これほど愉しいとは――」



ひーよーりーつーづきーの きょーこーのごろをー

こーこーろのーどかーに つーみつーつーうーたーうー



花咲く野に馬車は止まり、二人は並んで草を踏みしめた。

令嬢は薄紫のリナリアを摘み、男爵はそれを彼女の髪にそっと差した。


「……貴女は、この春よりも、なおまばゆい」


「……お戯れを」


「戯れなら、刃も剣も要りますまい。冠と、想いがあれば、十分です」



つーめーよつーめつーめ つーまねーばーなーらーぬー

つーまーにゃーにーほんーのー ちゃーにーなーらぬー



笑みを交わしながら、彼らは互いに冠を編み、それをそっと相手の頭に載せ合った。

陽が傾き始めた頃、風が鳴き、草がさざめく。


「ねえ、男爵。一つ――お願いがございますの」

「いかようにも」



つーまーにゃーにーほんーのー ちゃーにーなーらぬー



「ねえ、男爵。歌を――どうかお歌をお聴かせいただけませんこと?今日というこの素晴らしい日にふさわしい、とても素敵なお歌を」



【茶摘(文部省唱歌)】

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