なーつーもーちーかづーく はーちじゅーうはーちやー
のーにもやーまにも わーかばーがしーげーるー
アングリア王国領ベルグルード地方。
春の陽が貴族の城郭を照らし、風は花の香を運んでいた。
「お初にお目にかかります、ミレイユ=ド=ルヴェール伯爵令嬢」
「こちらこそ。お噂はかねがね、グレイヴ男爵」
令嬢は絹のヴェールを微かに揺らしながら、白馬の横に佇む。
見つめ合うその目線の交錯は、明らかに「形式」以上のものを孕んでいた。
あーれーにみーえるーは ちゃーつみーじゃなーいーかー
あーかーねーだーすきーに すーげーのーかさー
数日後――。
石畳の小路を、ひとつの馬車が行く。
窓には緋色のカーテン、車内では若き貴人ふたりが向かい合っていた。
「ここから先は領民が愛する花畑。庶民の娘たちは、そこにて季節の冠を編むのだとか」
「まあ、風雅ですわね。民の遊びに学ぶことが、これほど愉しいとは――」
ひーよーりーつーづきーの きょーこーのごろをー
こーこーろのーどかーに つーみつーつーうーたーうー
花咲く野に馬車は止まり、二人は並んで草を踏みしめた。
令嬢は薄紫のリナリアを摘み、男爵はそれを彼女の髪にそっと差した。
「……貴女は、この春よりも、なおまばゆい」
「……お戯れを」
「戯れなら、刃も剣も要りますまい。冠と、想いがあれば、十分です」
つーめーよつーめつーめ つーまねーばーなーらーぬー
つーまーにゃーにーほんーのー ちゃーにーなーらぬー
笑みを交わしながら、彼らは互いに冠を編み、それをそっと相手の頭に載せ合った。
陽が傾き始めた頃、風が鳴き、草がさざめく。
「ねえ、男爵。一つ――お願いがございますの」
「いかようにも」
つーまーにゃーにーほんーのー ちゃーにーなーらぬー
「ねえ、男爵。歌を――どうかお歌をお聴かせいただけませんこと?今日というこの素晴らしい日にふさわしい、とても素敵なお歌を」
【茶摘(文部省唱歌)】