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第4話 逃げ場のない部屋

(対策)




 また夜が来る。

 ――真司は、夕暮れの部屋でそわそわと歩き回っていた。




「落ち着け、阿川真司。あれは全部、疲れて見た幻覚。もしくは夢。いや、しかし……」




 何度自分に言い聞かせても、身体が震えるのは止まらなかった。

 大学の民俗学ゼミで「怪異の心理的連鎖」について論じたばかりのはずなのに、今や完全な当事者である。




「そうだ、まずはテレビ。昨日はあれから……」




 真司はリビングの壁際、薄型テレビのコンセントをゆっくり引き抜いた。

 プラグは、外れた状態でぶらりと揺れている。




「これで……もう何も映らないはず。万が一にも“あの女”は出てこられないはずだ……」




 念のため、テレビ本体の主電源もオフにして、リモコンの電池も抜いておく。

 念には念を。都市伝説の被害者になど、二度となってたまるか。




 続いてスマホ。

 何度も「非通知」の着信があった端末を、じっと見つめる。

 ふと、あることを思い出し、スマホの設定画面を開いた。




「……そうだ、非通知着信、拒否にすれば……」




 少しでも“あの声”を遮断できるかもしれない。

 恐怖心で指が震えつつも、着信設定から「非通知を拒否」にチェックを入れる。

 ついでに、知らない番号も全部拒否設定してしまった。




「これで……万全。もう知らない番号から電話が来ることもないはずだ……」




 ため息とともに、スマホを机の上に置き、念のため電源も切っておく。

 ここまでやれば、あの“女”は何もできない――そう、自分に言い聞かせる。




 ほっと一息つき、ベッドに腰を下ろす。

 今日は久しぶりに静かな夜になりそうだ――そう思いたかった。




 だが。




 深夜二時――。




 ふと目が覚めると、部屋が不気味なほど静まりかえっている。

 時計を見れば、午前2時17分。




 電源を落としたはずのテレビが、突然「パチッ」という電子音と共に点灯した。




 真司は凍りついた。




「う、嘘だろ……。コンセント、抜いたよな……?」




 壁際を見る。コンセントは確かに外れたままぶら下がっている。




 なのに、テレビの画面は、闇の中でじわじわと光を放ち始める。

 最初は、ノイズ交じりの砂嵐。そのうち、映像がうっすらと浮かび上がった。




 画面の奥から、ゆっくりと人影がこちらに近づいてくる。

 長い黒髪。真っ白な顔。血色のない唇。昨日、村で見たあの女と、全く同じだ。




「や、やめろ……!」




 ベッドの上で毛布に包まりながら、真司は叫ぶ。

 それでも女は、画面の中を這うように、どんどん前へと迫ってくる。




 部屋中の空気が、急速に冷たくなっていく。

 頭がくらくらするほどの緊張感が、真司の全身を支配していく。




「……で、出口……」




 ドアへと駆け寄ろうとするも、足がすくんで動かない。

 背筋に冷たい汗が流れ、膝ががくがく震えている。




「落ち着け、落ち着け……夢だ、夢なんだ……」




 そう自分に言い聞かせるが、手足の震えは止まらない。

 テレビの画面の中、女の顔が徐々に大写しになる。




 やがて、画面のガラスを押し分けるように、白く細い指先が現れた。

 人差し指、中指、薬指……と順に、液晶の内側からじわじわと突き出てくる。




「う、うそ……!」




 画面のガラスは、まるで水面のように歪んでいる。

 そして、その指に続いて、女の手首、肘、さらには頭部が、ゆっくりと“こちら側”へと侵入してくる。




 ついに、女の上半身が、テレビの画面から這い出してきた。




 その動きは不自然で、まるで重力も無視したようにゆっくり、ゆっくりと、だが確実にリビングへと進み出てくる。




「――ひ、ひいっ……!」




 真司は完全に体を硬直させてしまっていた。

 声も出せず、ただ“その瞬間”を凝視するしかできない。




 リビングの空気が一気に、冷蔵庫の中にいるかのように冷え込んだ。




 女の顔が、薄く笑みを浮かべながら、こちらに視線を向けてくる。




 逃げなきゃ、逃げなきゃ、と思いながらも、全く身体は動かない。




 部屋の出口、ベランダ、玄関――どこにも逃げ道が無いと、真司の脳裏で警報が鳴り響く。




 女の唇が、ゆっくりと開く。




「……契りを結ぼうぞ……」




 低く、湿った声。

 夜の闇とテレビのノイズが溶け合い、女の声が部屋の隅々まで染み渡る。




 真司は、ついに目を閉じて両手で耳を塞いだ。




「消えろ……お願いだから消えてくれ……!」




 心の中で何度も何度も叫ぶ。




 やがて、足元がすうっと冷えていく。




 真司は、薄目を開けて、テレビの方にもう一度だけ視線を向けた。




 そこには、いまだに半身だけ画面から出てきたまま、じっとこちらを見つめる女の姿があった。




 夜の深さと女の存在感が絡み合い、息苦しいほどの絶望感が部屋を支配する。




 ――出口のない、終わらない恐怖。




 自分の部屋が、知らぬ間に“怪異の檻”になっていたことに、真司はこの時初めて気づいたのだった。




(続く)



---


もちろんです。あなたの原文の空気感とディテールを最大限活かしつつ、ラノベらしいテンポ・地の文・内面描写をたっぷり盛り込んで2000文字以上で書き直します。



---


 アパートの玄関ドアを閉めた瞬間、阿川真司は、ほっと息をついた。

 けれど、どうにも胸の奥がざわつく。背中にまとわりつくような不安が、部屋に戻っても離れてくれなかった。


 あの村の祠で体験した、ありえない現象と得体の知れない追跡劇。あれは本当に現実だったのか、それとも疲れから来る幻覚だったのか。

 しかし、シャツの内側を流れる冷たい汗や、足元の重だるい感覚は、すべてが現実であると否応なく突きつけてくる。


 「とりあえず……テレビのコンセントを抜いておこう」

 真司は、思い立ったようにリビングの端にあるテレビへと歩いた。

 コードをしっかり抜き、さらに二度三度、プラグが外れていることを確かめる。

 (これで……大丈夫だよな)


 なんとなく不安で、ついでにスマホも電源を落としてしまう。

 (電波からも、画面からも、何も出てこられないだろう)

 そんなふうに自分を納得させて、カーテンを閉め、部屋の明かりを最小限に落とす。


 時刻はもう、深夜零時をまわっていた。




 ソファに座っても、じっとしていられない。

 膝を抱え、何度も部屋の隅や窓、ベランダの向こうを確認する。

 もちろん何も見えないし、音もしない。


 しかし、時計の針が午前二時を差した頃だった。


 ――ぱちん。


 突然、部屋の中に微かな電気音が響いた。

 視線を向けた先――コンセントを抜いてあるはずのテレビの画面が、音もなく淡く光り出している。


 「……は?」


 思わず立ち上がる。

 間違いなく、テレビのコードはコンセントから外れている。なのに、画面はじりじりと明度を上げていく。

 その薄闇に浮かび上がったのは――


 女だった。


 画面の中に、あの祠で遭遇した白いワンピースの女が、じっと、じっとこちらを見ている。

 長い髪で半分隠れた顔。無表情のまま、しかし異様に暗い瞳だけが、真司をロックオンしている。


 「……あれ?」


 意外にも、女の口からは妙に間抜けな声がこぼれた。


 画面の下半分、腰のあたりで何やら引っかかっているようで、上半身は出ているのに、お尻から下がどうにも抜けてこない。


 「契りを結ぼうぞ……契りをむすぼうぞ……」


 無表情で、しかし何度も同じセリフを唱え続ける女。

 だが、どれだけ腕で壁を押しても、グイグイ体をくねらせても、テレビのフレームがガッチリとお尻をホールドしたまま動かない。


 (い、今なら逃げられる……!)


 心の中で叫ぶが、恐怖で足がすくんでまるで動けない。

 声も出ない。ただ冷たい汗が首筋を伝う。


 女はさらに、

 「……ぐぬぬぬぬ!」

 と呻きながら、猛烈に力を入れて押し出そうとする。


 グラグラと画面が揺れたかと思った次の瞬間――


 ドターンッ!


 すさまじい音を立てて、女はテレビから床へと転げ落ちた。

 部屋に埃が舞う。そのまま起き上がった女は、何事もなかったかのように、

 「契りを結ぼぞ……」

 と再び呟く。


 ……が、その先は、何も起こらない。


 女は真司の方を見つめながらも、ただ無言で立ち尽くす。

 真司もまた、恐怖のあまり身動き一つ取れない。


 重苦しい沈黙。

 まるでスローモーション映像の中に放り込まれたような、奇妙な時間が流れる。




 窓の外が、少しずつ青みを帯びていく。

 空気がかすかに明るさを取り戻しはじめたころ、女は何かに気付いたように、ぱっとテレビ画面の方を振り向いた。


 そして、あわてた様子で、今度はテレビの中に戻ろうと飛び込む――が、

 やはりお尻がひっかかって、今度は逆に押し込めない。


 「うそ、だろ……」


 真司は、現実味のないコントのような状況を、ただ呆然と眺めるしかなかった。


 女のお尻がテレビから左右に盛大に突き出し、もぞもぞと動いている。

 それが幽霊の一部だと考えなければ、思わず笑いそうな光景だったが、怖すぎて笑えなかった。


 やがて――


 「スポンッ!」


 そんな音が部屋に響くと、女の姿はテレビの画面の奥に消えていった。


 その直後、

 ドダーンッ!

 と画面の向こう側で落ちるような音がかすかに聞こえた。




 東の窓から、朝日が部屋の床に差し込み始めていた。


 真司は、信じられないような疲労とともに、その場にへたり込む。


 「……助かったのか?」


 恐怖から逃げ切れた安堵とは違う、妙な開放感だけが、心の中に広がっていた。




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