意識が引き戻され現実に戻ると、卵を焼いた匂いがした。ケチャップライスの香りもする。どうやら今日の朝ごはんはオムライスのようだ。
朝から豪華な料理を作ってくれるのはありがたい。私は簡単に部屋を片付ける。しばらくして隣のドアが開いた。兄だ。
短髪の黒髪で少しだけ跳ねたストレートヘア。服装は普段着で、何故か熊のプリントがされている。
彼は片手で料理を2人分持ち運んでくる。こう見えて兄は、ファミレスでホールスタッフをしているくらいだ。複数の皿を持つのは慣れてると思うので、口出しはしない。
「陸兄、ありがとう。私あの後数分しかログインしてなかったのに、作るのほんと早いよね」
「まあね。先にケチャップライスだけ作っておいたから。オムレツは焼きたてだよ。すぐに作れるからね」
「ほんとありがとう。私が料理できればいいだけなんだけどね……。私、身長低いし……」
私の現実世界での身長は150センチほど。今はアパート暮らしをしていて、そこのキッチンが身体のサイズに合わない。
だから、いつも兄に作って貰っていた。作れるものは様々で、基本は洋食が多い。味付けはどれも程よく感じる少し濃いめの薄味だ。
「じゃ、いただきます!」
「いただきます!」
食事の開始を言うのはいつも私が先。これはいつも決まっている。今日もようやく1日が始まる。私は兄にゲーム内でのことを聞くことにした。
「陸兄……。なんで私のプレイヤーネームを使ってたの?」
「実は……」
「実は?」
兄が少し口ごもった末に、出た言葉は……。
「俺もあのゲーム好きでさ。俺が遊ぶ前に明理のプレイヤーネームを使ってる人がいたんだ。それで、交換してもらった。本当はすぐに返す予定だったけど、無理強いされちゃって……」
ただの言い訳だった。
「本当にそれだけ? 別のことを企んでいるんじゃない?」
「な、なんでわかるんだよ……」
「私、勘だけは鋭いので」
この返答に兄は苦笑する。どうやら図星だったらしい。私は彼の言い訳を待ちながら、オムライスを食べ始めた。
オムレツはふわふわトロットロで、固まり切ってない。むしろ、冷えたはずのケチャップライスを温め、程よい温度になっていた。
「それで……。はむ……。私に反論あるの?」
「な、ない……。ほんとごめん。ただ返すだけだったのに、悪目立ちしようとして……」
「悪目立ち? あれは悪目立ちどころじゃないよ。私があそこで助っ人に入らなかったら、あの名前に汚名を着せるところだったんだよ?」
「それはごめん……。だけどなんで、いつもあの名前なの?」
質問を質問で返された。まあこれも予測済みだが、あの『ルグア』という名前はとあるレーシングゲームがきっかけだ。
あの時まではソロ専用ゲームだけを遊んでいて、初めて大衆ゲームの審査を受けることになった。それまでは個人的なプレイヤーネームはなくて、ランダムで選択。
選ばれたのがただ『ルグア』ってだけだった。元々のプレイスキルのおかげもあり、その名前はゲーム業界では有名に。
様々なゲーム会社から常駐テストプレイヤーのスカウトがきたが、全て断り。今は日本大手のアルファセントリアという会社のテストバイトをしている。
もちろん常駐する予定は、さらさらない。一つしかないこの身体を奪い合うくらいなら、成長する可能性のある会社を軸に、複数の企業から委託を受け持った方が楽だ。
オムライスを食べ終わり、自分のスマホを見る。今日は通院の日だ。大金を使ってタクシーで行くか……。それとも兄に送って貰うか……。
「陸兄。今日予定は?」
「今日は……10時から大学だね……」
「そうだよね……。じゃあタクシーで病院行くよ。今日から新しい場所みたいだし」
「わかった。気をつけて」
私はゲーム機とパソコンをバッグに詰めて、外に出る。スマホでタクシーを呼び、車に乗った。最近主治医が大型病院を設立したらしく、今日はそこの初診だ。
昔は小さなクリニックで受けていたが、私にお金を借りてまで病院を建てたかったようで、先日無事運営を開始した。
名前は『樋上中央病院』。今から向かう場所だ。
「すみません。ここから隣町の樋上中央病院までお願いできますか?」
『樋上中央ですね。見た感じまだ子供のようですが、そこまでのご資金は大丈夫ですか?』
「問題ないです。使い道がわからないくらいあるので」
『左様ですか。かしこまりました』
車窓からは田舎のような家の少ない風景。そこからどんどん離れていく。そして、都会の街が見えてきた。
空気が甘い。みんながお菓子を持って歩き、仲間を作っている。やはり都会はいいな。そう思いながら情景を眺める。
そうしているうちに、巨大な病院に到着した。