「かなり設備がしっかりしている……」
WiFiが混線しないようなルーター配置。ベッドと机がセットになった個室。勉強をしている人や、デスクワーク中の人までいる。
照明はとても明るく。通路も広い。受付から見えたカードゲームブースでは、小さい子供たちが遊んでいる。
どこからか、カコンという音がした。誰かがビリヤードでもしているのだろか? ネトゲにしか興味がない私には関係ない。
部屋番号はF23号室。FというのはフルダイブのFらしい。部屋に到着すると、ずっと手で抱えていたパソコンとゲーム機を机に置く。
個室はドア付きで、閉めてロックをかけた。どうやら全部屋防音室のようだ。ゲーム実況者にも優しい設計だ。
パソコンの電源を入れ、ゲーミングカフェのWiFiに接続させる。ゲーム機をセッティングして、輝夜たちの応答を待つ。
『明理さん。到着しましたか?』
到着した。
『入場終わってますか?』
今F23号室にいる。
『了解です。私はF16号室にいます。沙耶華はF28号室みたいです』
了解っと……。
「さて……。ログインするか……」
私はパソコンを操作し、ゲームログインの準備を開始する。プレイ状況をゲーム機に送信し、顔認証で第1段階のログイン。
ゲーム機を装着し、呼吸を整える。もう何も聞こえない。今朝、自分本来のプレイヤーネームを獲得し、不安もない。
――ゲームログイン。
私は仮想世界に入っていく。リアルの身体が変化する。今はルグアだ。ちっぽけな女ではない。やがて、ゲーム内に着地する。
昼間のバーチャルワンダーランドは朝よりも人数がいた。それでも50人くらいだろう。それ以上に増える気配はない。
まだ輝夜たちからは連絡来てないし、少し散策するか……。現実世界の自分の視線よりもかなり高い視点。ゲーム内では高身長キャラにしている。
これは運営に特別なアバターを作って貰ってるからで、通常であれば現実世界と同じ身長設定になる。
自分の低身長が嫌だった。そういう意味ではない。ただ、今の状態が私の戦闘スタイルにあっている。それだけだ。
メールボックスに通知がくる。メニューを開き、中身を確認すると輝夜からだった。〝噴水広場で待つ〟そう書いてある。
加えて、2人のプレイヤーネームも書かれていた。輝夜がセレス。沙耶華はガロンらしい。名前はアバターの頭上に表示されるので、すぐに見つかるだろう。
マップを拡大し噴水広場ピンを置くと、目的地を目指して歩く。コマンドだけで移動出来るのがフルダイブのいいところだ。
猫カフェからゲーミングカフェまで歩くより、ずっと楽だ。身体よりも頭を動かす方が、苦労しない。
噴水広場はサーカス会場の裏手にあった。そこにはバトルドレスを着た女性プレイヤーが2人。頭上には、しっかりセレスとガロンと書かれていた。
「おまたせ……。セレス。ガロン」
「「え?」」
私の声掛けに2人がはてなを浮かべる。どこかに幽霊でも見たのだろうか? ここには3人しかいない。
「だ、誰……です?」
ガロンが震えた声で問いかけた。セレスも頷いている。やはり気付いていないらしい。私のアバターはそもそも女性アバターではない。
「えーと。本名を言った方がいいか?」
この言葉に、ガロンもセレスも大きく首を縦に振る。まだ気付いていないのか、戸惑いの目は泳いでいた。
「一応……。巣籠明理だが……」
「へ? じゃ、じゃあ……」
「あなたが伝説のルグアさんです?」
「まあ、そうだな……ってか、私の頭の上に書いてあるだろ?」
2人は私のイメージとリアルの差に一歩。また一歩と後退る。別にそこまで驚かなくてもいいのに、体も思考も正直すぎる。
そんな正直な反応をする彼女らに、私は羨ましく感じた。私も正直な反応をするが、どこかズレている。自分が自分じゃない。そんな風に思うのは日常茶飯事だ。
「んで。例のギルドってなんだ?」
「れ、例の……。ごめん……。まだ現実と今の明理さんが上手く噛み合わなくて……」
「あはは、そんな無理に受け入れる必要はないってセレス。私が男性アバターを使っていたとして、性格まで変わっちまえば違和感しかねぇだろ?」
「いや、その違和感出すぎてます……」
「ん? そうか?」
私は普段通りの返答をしてみる。しかし、その言葉はあらぬ方向へ向かうだけ。
「明理さんはリアルでもゲームでも鈍感なのです!」
そんな沈黙を破ったのは、ガロンのツッコミだった。彼女はなんとか飲み込めたようだ。少し安心して感情の昂りを抑えながら、セレスを見る。
「わ、わかりました。私のギルド。ルグアさん。【アーサーラウンダー】に入ってください!」
「わかった。加入申請送る。ってか送った」
「も、もう?」
「ああ……」
セレスは、私がなぜギルド名がわかったのか疑問に思ったらしい。けど、ギルド名を見るのは簡単だ。
ギルド団長には紋章がある。その紋章はセレスについていた。それだけの話だ。