重い一歩。まるで空間がスローモーションだ。行けるのか。いつの間にか、増えていくはずのタイムが減っている。
急いで倒さなければと、気絶を狙って切り込んだ一撃。それも鉛のようにずっしりしていて、硬い肉質に刃が食い込む。
ふとドラゴンの残り体力を確認。ジリジリと削られていったが、削れる量が異常に大きい。そこまで強力な攻撃をしていないのに……。
「止まれ」
「……?」
「そこまででよろしい。其方の実力はわかった」
どこからか、渋く太い声が聞こえてくる。手が止まり、静かに食い込んだ剣を引き抜く。
セレスたちは、私の後ろにいた。空間には静寂が戻り、緊迫とした空気も緩む。とりあえず終わったようだ。
「其方の名前を聞きたい」
「は?」
「其方の名前を――」
「ん。ルグア……」
「ルグアか。いい名じゃな……」
(このセリフ。定型文か?)
声の出処は対峙していたドラゴン。だと思うが、同じセリフを繰り返すことから、NPC枠の敵なのかと仮定する。
ドラゴンは右前脚と頭で、後ろへ下がるよう私に指示。それに従って、私はドラゴンの全身が見える位置に移動した。
口からがほわっと広がる煙。少しだけ炎の演出が含まれている。
「其方に試して貰いたいものがある」
「試して欲しいものか……。なんだ?」
「それは……我の剣じゃよ」
「ドラゴンの剣……?」
私に向かって火炎放射をするドラゴン。熱さは全く感じない。波が消えると、私の目の前に紅い長剣が出現した。
鐔の部分には、龍の装飾がされている。私の目から推測するに、これは
私はその剣に触れる。熱がある。全身が燃える。だけど、鈍感な私には全く効かない。HP減少演出はない。
柄を握る。何故か手に馴染む。どこかで持ったことがあるのか。いやないはずだ。
だが、次の瞬間自分の意識操作では抑えきれないほど、剣が燃え上がった。何百度何千度。どこまでいく……。
このゲームのヤバさが伝わってくる。細かい部分への演出はかなり丁寧だ。ただその分他が雑な気もする。
「どうじゃ? 持てないじゃろ?」
「ん」
「効いておらんのか……?」
「ん。気にしてないが……。熱さはちゃんと感じているけどな」
一応そういう感じに返してみる。これが定型文しか話さないNPC的エネミーなら、固定されたセリフが出てくるだろう。
ドラゴンは数秒考え込む。私はただ返答を待つだけ。その時間は私にとっては一番高揚する時間だ。
後方から足音。セレスたちが近づいて来ている。私は剣を持ったまま、セレスたちの動きを止めようとするが、炎の勢いが強かった。
「そうか……」
「ん?」
「其方なら、その剣を預けても良いだろう。炎よ鎮まれ」
ドラゴンの一言で、燃え盛る炎が消える。これで終わったのか? それなら、セレスたちが近づいても問題ない。
「その剣には名前がない。其方に名付けの権利をさずけようl」
「名前? こう見えてネーミングセンスないんだが……」
「ネーミングセンスがないとは。〝ルグア〟という名は自分で付けたのではないのか?」
「あ、ああ。この名前は昔やったレーシングゲームでランダムを選択した時の名前なんだ。私が付けたらしょうもないに決まってる」
「そうか。じゃが。その剣はもうお主のものだ。責任を持って付けて貰いたい」
「わかった。そこまで言うのなら――」
私は剣を見詰めながら考えることにした。燃えるような紅い剣はとても力強い。そしてその色はドラゴンと同じように輝いている。
「セレス。この色って別の言い方だとなんて言うんだ?」
「はい? え、えーと。クリムゾン……かな? スカーレットだともう少し明るい
と思うし……」
「クリムゾンか……。そのまんまになるが、〝クリムゾン・ブレード〟とかはどうだ?」
とりあえず、セレスからの提案を採用してみる。これが承認されれば、この剣の命名者は私だ。
そして、そこからこのドラゴンと世間話に繋がれば、NPCではないことが確定だ。ドラゴンのセリフはかなり遅延があるが、受け答えの仕方が変わってきている。
「ふむ。クリムゾン・ドラゴンか。そこにいる仲間の意見を聞いたと……」
「まあ、そうなるな……」
「たしかに見た目そのままじゃがまあ良い。その名前を付けるとしよう」
思ったよりも自然だ。これで良かったのか。そして、急に始まったイベントはもう一つあった。
ドラゴンの身体が小さくなり、小竜の姿になるとパタパタと私の近くへやってきた。
口調はおじいちゃんみたいな感じだが、こうして見るととても可愛らしいフォルム。私的には好みの見た目だ。
そうして、ドラゴンは私の肩に乗った。頬ずりしてくるのは、年齢に合っているのかわからない。
ガロンとセレスが近寄ってくる。そして、肩の上のドラゴンを優しく撫で始めた。ある意味ペットみたいな感覚だ。
猫に好かれる私はドラゴンにも好かれるんだなと、少し嬉しくなる。
「我はその剣の持ち主をずっと待っていた。触れられる者は少数いたが、その熱に耐えられるものはおらず。多くが剣そのものに弾かれていたんじゃ」
「なるほど?」
「ルグア殿。正式にクリムゾン・ブレードの持ち主として認めよう。と、言いたいのじゃが、我も引き取ってくれんかね?」
「は?」
ゲームのドラゴンを引き取る? それって手懐け
だけど、このドラゴンの瞳は本気で訴えかけていた。名前を付けるとしたら、剣と同じクリムゾンを使って、クリムゾン・ドラゴンだろうか。
「ふむ。クリムゾン・ドラゴンじゃな。よろしい。その名で行こうではないか」
「マジか……」
「マジ……じゃよ?」
「そこ繰り返すな!」
「ハハハハハ。我も若くなった気がして嬉しいのう……」
「そういう問題か!」
クリムゾン・ドラゴンは愉快そうな笑顔でにんまりしている。喜びを隠し切れていないように感じるのは気のせいか。
こうして、私たちはボス戦の空間から出た。もちろんクリムゾン・ドラゴンも一緒だ。
念の為ドラゴンが目立たないようにするため、さらに小さくなってもらっている。最初に向かったのは防具屋だった。
ボス戦で手に入れた賞金は50万ほど。それを使って、クリムゾン・ドラゴンが隠れることができそうな装備を買った。
続いて向かったのは、アーサーラウンダーの拠点。そこでドラゴンを放して、テーブルに座る。
やっと落ち着ける。私は自分の脳を休めようと思考を無理やり止めた。
「だけど、クリムゾン・ドラゴンさんって呼ぶの大変なのです!」
ガロンが全くその通りのことを言ってきた。私を含めたメンバーはそれぞれ視線を交わす。どうやら意見は一致したようだ。
「たしかにそうだな」
「あたしから提案なのですが……。クリムさんと呼ぶのはどうですか?」
「うむ。その呼び名の方がしっくりくる。我の意見に賛成の者はおるか?」
再び視線を交わすと、その呼び名が採用されることになった。クリムゾン・ドラゴン改めクリム。壊れかけのアーサーラウンダーに新しい仲間が加わった。