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第10話 (後編)

 重い一歩。まるで空間がスローモーションだ。行けるのか。いつの間にか、増えていくはずのタイムが減っている。


 急いで倒さなければと、気絶を狙って切り込んだ一撃。それも鉛のようにずっしりしていて、硬い肉質に刃が食い込む。


 ふとドラゴンの残り体力を確認。ジリジリと削られていったが、削れる量が異常に大きい。そこまで強力な攻撃をしていないのに……。


「止まれ」


「……?」


「そこまででよろしい。其方の実力はわかった」


 どこからか、渋く太い声が聞こえてくる。手が止まり、静かに食い込んだ剣を引き抜く。


 セレスたちは、私の後ろにいた。空間には静寂が戻り、緊迫とした空気も緩む。とりあえず終わったようだ。


「其方の名前を聞きたい」


「は?」


「其方の名前を――」


「ん。ルグア……」


「ルグアか。いい名じゃな……」


(このセリフ。定型文か?)


 声の出処は対峙していたドラゴン。だと思うが、同じセリフを繰り返すことから、NPC枠の敵なのかと仮定する。


 ドラゴンは右前脚と頭で、後ろへ下がるよう私に指示。それに従って、私はドラゴンの全身が見える位置に移動した。


 口からがほわっと広がる煙。少しだけ炎の演出が含まれている。


「其方に試して貰いたいものがある」


「試して欲しいものか……。なんだ?」


「それは……我の剣じゃよ」


「ドラゴンの剣……?」


 私に向かって火炎放射をするドラゴン。熱さは全く感じない。波が消えると、私の目の前に紅い長剣が出現した。


 鐔の部分には、龍の装飾がされている。私の目から推測するに、これは特別装備ユニークウェポンだ。


 私はその剣に触れる。熱がある。全身が燃える。だけど、鈍感な私には全く効かない。HP減少演出はない。


 柄を握る。何故か手に馴染む。どこかで持ったことがあるのか。いやないはずだ。


 だが、次の瞬間自分の意識操作では抑えきれないほど、剣が燃え上がった。何百度何千度。どこまでいく……。


 このゲームのヤバさが伝わってくる。細かい部分への演出はかなり丁寧だ。ただその分他が雑な気もする。


「どうじゃ? 持てないじゃろ?」


「ん」


「効いておらんのか……?」


「ん。気にしてないが……。熱さはちゃんと感じているけどな」


 一応そういう感じに返してみる。これが定型文しか話さないNPC的エネミーなら、固定されたセリフが出てくるだろう。


 ドラゴンは数秒考え込む。私はただ返答を待つだけ。その時間は私にとっては一番高揚する時間だ。


 後方から足音。セレスたちが近づいて来ている。私は剣を持ったまま、セレスたちの動きを止めようとするが、炎の勢いが強かった。


「そうか……」


「ん?」


「其方なら、その剣を預けても良いだろう。炎よ鎮まれ」


 ドラゴンの一言で、燃え盛る炎が消える。これで終わったのか? それなら、セレスたちが近づいても問題ない。


「その剣には名前がない。其方に名付けの権利をさずけようl」


「名前? こう見えてネーミングセンスないんだが……」


「ネーミングセンスがないとは。〝ルグア〟という名は自分で付けたのではないのか?」


「あ、ああ。この名前は昔やったレーシングゲームでランダムを選択した時の名前なんだ。私が付けたらしょうもないに決まってる」


「そうか。じゃが。その剣はもうお主のものだ。責任を持って付けて貰いたい」


「わかった。そこまで言うのなら――」


 私は剣を見詰めながら考えることにした。燃えるような紅い剣はとても力強い。そしてその色はドラゴンと同じように輝いている。


「セレス。この色って別の言い方だとなんて言うんだ?」


「はい? え、えーと。クリムゾン……かな? スカーレットだともう少し明るい

と思うし……」


「クリムゾンか……。そのまんまになるが、〝クリムゾン・ブレード〟とかはどうだ?」


 とりあえず、セレスからの提案を採用してみる。これが承認されれば、この剣の命名者は私だ。


 そして、そこからこのドラゴンと世間話に繋がれば、NPCではないことが確定だ。ドラゴンのセリフはかなり遅延があるが、受け答えの仕方が変わってきている。


「ふむ。クリムゾン・ドラゴンか。そこにいる仲間の意見を聞いたと……」


「まあ、そうなるな……」


「たしかに見た目そのままじゃがまあ良い。その名前を付けるとしよう」


 思ったよりも自然だ。これで良かったのか。そして、急に始まったイベントはもう一つあった。


 ドラゴンの身体が小さくなり、小竜の姿になるとパタパタと私の近くへやってきた。


 口調はおじいちゃんみたいな感じだが、こうして見るととても可愛らしいフォルム。私的には好みの見た目だ。


 そうして、ドラゴンは私の肩に乗った。頬ずりしてくるのは、年齢に合っているのかわからない。


 ガロンとセレスが近寄ってくる。そして、肩の上のドラゴンを優しく撫で始めた。ある意味ペットみたいな感覚だ。


 猫に好かれる私はドラゴンにも好かれるんだなと、少し嬉しくなる。


「我はその剣の持ち主をずっと待っていた。触れられる者は少数いたが、その熱に耐えられるものはおらず。多くが剣そのものに弾かれていたんじゃ」


「なるほど?」


「ルグア殿。正式にクリムゾン・ブレードの持ち主として認めよう。と、言いたいのじゃが、我も引き取ってくれんかね?」


「は?」


 ゲームのドラゴンを引き取る? それって手懐けとは違うのか。ある意味このドラゴンの独断的なイメージが湧き、混乱する。


 だけど、このドラゴンの瞳は本気で訴えかけていた。名前を付けるとしたら、剣と同じクリムゾンを使って、クリムゾン・ドラゴンだろうか。


「ふむ。クリムゾン・ドラゴンじゃな。よろしい。その名で行こうではないか」


「マジか……」


「マジ……じゃよ?」


「そこ繰り返すな!」


「ハハハハハ。我も若くなった気がして嬉しいのう……」


「そういう問題か!」


 クリムゾン・ドラゴンは愉快そうな笑顔でにんまりしている。喜びを隠し切れていないように感じるのは気のせいか。


 こうして、私たちはボス戦の空間から出た。もちろんクリムゾン・ドラゴンも一緒だ。


 念の為ドラゴンが目立たないようにするため、さらに小さくなってもらっている。最初に向かったのは防具屋だった。


 ボス戦で手に入れた賞金は50万ほど。それを使って、クリムゾン・ドラゴンが隠れることができそうな装備を買った。


 続いて向かったのは、アーサーラウンダーの拠点。そこでドラゴンを放して、テーブルに座る。


 やっと落ち着ける。私は自分の脳を休めようと思考を無理やり止めた。


「だけど、クリムゾン・ドラゴンさんって呼ぶの大変なのです!」


 ガロンが全くその通りのことを言ってきた。私を含めたメンバーはそれぞれ視線を交わす。どうやら意見は一致したようだ。


「たしかにそうだな」


「あたしから提案なのですが……。クリムさんと呼ぶのはどうですか?」


「うむ。その呼び名の方がしっくりくる。我の意見に賛成の者はおるか?」


 再び視線を交わすと、その呼び名が採用されることになった。クリムゾン・ドラゴン改めクリム。壊れかけのアーサーラウンダーに新しい仲間が加わった。

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