「ルグアさん。思ったんですけど……。クリムさんって、テイムしてないですよね?」
セレスが不安げに切り出す。
「まあ、してないな……」
話題に挙がったクリムはというと、ガロンの方で愛でられていた。私よりも彼女に懐いたらしい。
テーブルの上で長い尾をフリフリと振り回し、両目を細長く瞑る姿は完全に無防備だった。『お好きにどうぞ』とでも言うように。
そんなクリムを見てしまうと、思わず見惚れてしまう。中身がおじさんだとわかっていてもだ。物凄く可愛い。
「勝手について……」
私がそう言った時、クリムがこちらを向いて鋭い目付きで睨んでくる。口元には炎が漏れ出していた。
「勝手についてきたというのは、あながち間違いではない。我はルグア殿が気に入ってきたわけじゃからな」
「なら、別に怒らなくてもいいんじゃないか?」
「なぬ!? 我が怒っているじゃと? 見た目で判断するでない。今我は可愛いおなごに愛でられて嬉しいだけじゃ……」
「そ、そう……なのか?」
そういうとクリムはテーブルから降りて、ガロンの膝上に乗っかった。しばらくすると、ぐっすり眠ってしまう。
「本当にあたしが好きなんですね……。クリムさんとても可愛いです」
「そうだな……。けど、矛盾もしてないか? だってよ。私についてきたにも関わらず、ガロンに懐いているんだぜ?」
「それはたしかにそうですね……。やはりテイムとは違うのでしょうか?」
「かもな」
私は席を立ちクリムの方へと行く。クリムにカーソルを当てて、ウィンドウを開くと、しっかりと名前が登録されていた。
次にギルドメンバーの一覧を開く。何人か、ログイン停止中の人がいたが、その中にクリムの名前があった。
エネミーがギルドメンバーの一員になっていることに違和感を感じる。これは、勧誘可能AIと言っていいのだろうか?
とりあえず現状を把握したので、装備変更をした。初期装備の長剣から、〝クリムゾン・ブレード〟に。
「そういえば、クリムゾン・ブレードの使い心地はどうなんですか?」
ガロンが問いかける。改めて感触を思い出すために剣をオブジェクト化させ、広いスペースで素振りをしてみる。
ボス部屋ではクリムが重量調整してくれていたからか、少し軽かった。だけど、今は非常に重い。
一振しただけで全身が持っていかれそうなくらいだ。それでも、手にはかなり馴染んでいる。
私はこの剣に可能性を感じ始めていた。
「まあまあだな……。けど、この剣はさらに強く重くなりそうだ。きっと過去に挑戦した人が持てなかったのは、補助軽量でも持てなかった――が原因だろうな」
「「なるほどです」」
私は剣をストレージに入れると、席に座り直した。ここからはセレスの番だ。空気は一気に張り詰める。
私の話題が終わったのと同時に、検索ウィンドウを操作していたセレス。すると、全員に同じウィンドウが表示された。
共有ウィンドウ機能だ。これは、親と子に別れて、親プレイヤーの画面を子プレイヤーに提供するというもの。
画面には、クエストの一覧表が映っていた。
「今回のクエスト攻略ですが……。ルグアさんは戦闘疲れがありそうなので、待機――」
「ん? 全く疲れてねぇけど?」
「はい? でも、ボス戦であそこまで動いていたら、脳疲労が溜まっているんじゃ……」
「脳疲労……。全然気にしてないな……。むしろ、新しい剣で暴れたいくらいだ」
「そ、そうですか……。では、今回は個人でクエスト攻略とさせていただきます。それぞれ好きなクエストを選んでください」
「『了解!』」
セレスが共有ウィンドウを操作可能ウィンドウに切り替える。こうすることで、子プレイヤーも画面操作が可能だ。
私は自分のレベルを考えつつ、難易度の高いクエストを探した。今のレベルはクリム戦で50上がったので63。ボスから得られる経験値が馬鹿げていた。
つまりは、ドロップ狙いというよりもレベルアップ狙いでボス戦をしている。それだと弱者アンチも増えるだろう。
セレスが差し出した画面で一番高いレベルが50。クエストボスレベルだと、私の憶測では100相当と捉えておく。
ということで私は5つのクエストを同時受注して、ノンストップクリアを目指すことにした。
「私は決まったぞ。んてことで、先に受注の手続き行きたいんだが……」
「ちょっと待ってください。何を受注するか教えて貰ってもいいですか?」
「ん? 水中戦系を3つ。地上戦2つ」
「い、5つですか!? しかも水中戦を3つって」
「なんか悪いか?」
セレスは黙り込んだ。私たちの様子が気になったのか、ノアンが近寄ってくる。
「待ってくださいよ。このクエストのレベル。全部上級者向けですよ!」
「あ、ほんとだ。ノアンさんが言ってくれるまで気づきませんでした。でも、ルグアさん、一度にこんなたくさんやって大丈夫なのでしょうか?」
「ん? 私は問題ないが……」
(まあ、私の普通は伝わらないか……)
メモ機能に今回受注するクエストを記入し、ウィンドウを閉じる。身体の向きを変え、クエストの受注カウンターへと移動した。
背中からそよ風、後ろを見ると寝ぼけまなこのクリム。いつの間に起きてたのかと、少しびっくりした。
一緒に歩いている――クリムは空を飛んでいるが――と、周囲のプレイヤーの視線が痛い。クリムはいわばイレギュラーなのだ。
「なんでついて来てるんだ?」
「そうじゃな。我は其方が、ルグア殿が知りたい。なぜ我が其方に負けたのか。それを自らの目で見たい」
「本当にそれだけか?」
「それだけじゃが。不満でもあるのかね?」
「いやない」
「なら良かろう」