海を泳ぎはじめて10分。海水はただただ濁っていくばかりで、視界が悪い。時折海上に顔を出し、目視で位置を確認する。
クリムはいない。それでいい。私はひたすら泳いだ。自分の勘と予知が発動するまでの間だけは。
しばらくして、大きな鰭を見つけた。あれがタイランなのだろうか? ゆっくりを近づいていく。
数メートル進むごとに、皮膚がピリリと痺れる。微電流が発生している? 水と電流の相性は悪い。感電ダメージが入る可能性もある。
だけど、それを無視できるのが私。隠しコマンドならいくらでも知ってる。
複数の作品を同時にプレイして、そのコマンドで
「クリムゾン・ブレードの刃こぼれは……。してないな……」
得体の知れない敵に近づいていく。水中では地上のような激しい動きはできない。それでも、私なら多少の高速移動が……。
「ッ!? 身体が引き寄せられている!?」
巨大な敵を中心に大渦が巻き起こっており、中央に向かって引っ張られる。仮として外側へと全速力で移動するが、巻き込まれの勢いが強い。
ここは流れに身を任せよう。真ん中へ向かって泳ぎ、そのまま水中へと潜る。視界は相変わらず悪いままだ。
まずは様子見。渦の動きには逆らわず、腕全体で水をかく。敵の姿は見えない。今わかっているのは、大きな鰭を持ってることと、電流を操ることくらいだ。
状況把握に動いていると、脳に電撃が走る。敵が動き始める合図だ。私は避けるために、省略コマンドを入力し高速移動を可能にさせる。
この状態で空目掛けて泳げば、大ジャンプが可能だ。だけど、今回はしない。私は、電流の糸を避けながらその発生源まで近づく。
剣を振るう。ガクンと腕がへし折れそうになる。それでも、全く気にならない。水中は無重力。翻せば楽に戦える。
肉質がわかったので、別の場所へ移動する。剣の高速斬りで波動を作る。跳ね返った水泡で位置を特定。
それを全500箇所から行う。地道な作業だ。敵の容姿が理解できたところで、私は、その中でも音が良かった位置へと向かう。
接近すると、そこは巨大な口だった。こうなったら内側から攻撃をした方が早い。波動を複数作り口を開けさせると、中へ潜り込んだ。
酸素ゲージを確認する。酸素は残りわずかだが、酸素がなくても問題ない。それがなくても体力が残っていればいいだけだ。
「よし、潜り込み完了。まずは中を探索するか……」
私は水が無くなった口腔内を歩き始める。足元がベタつくけど、それでも気にしたら負けだ。
ヨダレにも似た粘液。ただ、これに少し刺激があることに、勘が動く。この先に何かがあると。
前へ前へを歩く。天井には微生物らしき緑色の苔。時々垂れ下がってくるのを避け切り裂きながら、勘が示す方向へと向かう。
「かなりの巨体だな……。よく実装できたもんだ……」
そう感心していると、奥の方から唸り声。ダダダと駆けてくる音がしたかと思うと、奥から二足歩行の小さなゴブリンが出てきた。
視線カーソルを当てると、赤く表示。敵エネミーということが分かる。私は剣を握り直し、一気に接近した。
けれども、粘着質の床は自由にさせてくれない。ネズミ捕りにでも捕まったかのように、両足が重かった。
それでも、ゴブリンを倒すべく走る。強制移動コマンドを入力し空中へ飛ぶと、そのまま一閃。
横に回転する身体。剣先は当たった、あとはダメージ判定が出てれば、敵を負傷させたことになる。
「やったか……?」
「グルルルル……」
「んな!?」
ダメージ判定は出なかった。ベトベトの床にへばりつき、立ち上がるのも億劫な状況でまともに敵の攻撃を受けるなんて、もってのほかだ。
ゴロゴロ転がるように距離を取ると、ゆっくり立ち上がった。
これがただのRPGではなく、大型エネミーとのエンカウント率の高いハンティングゲームだったら――。
私は速攻で消散剤などを使用していただろう。このゲームにもあるとしたら、事前に買っておけば良かった。
「とにかく気持ち悪いが……。まずは正確度を上げていくか……」
私は波動戦に切り替えることにした。無闇に接近せず、剣を振った波動で遠距離攻撃を行う。
地道な作業は好き嫌いがあるが、正直なところ一瞬で終わるバトルが好きだ。こんなに時間かけて、他のクエストまでいけるのか……。
まずは一体。さらに奥へいくと、黄色い溜まり場を見つけた。体内でそれと来れば一つしかない。
ここに落ちたら即エンド。浮遊コマンドを入力してみるが、このゲームには対応していないらしい。
これは困った。私は迂回路を探すが、グツグツと煮えているような液体から、目が離せない。
敵がこの中から出てくる。そう勘が言ってるからだ。クエストリタイアだなんてしたくない。
私は体力ゲージ全損覚悟で、飛び込むことにした。