メアリーが喫茶店と呼んだその場所は町中にあった。
といっても屋内ではなく、開けた場所にテーブルと椅子が並んでいる形である。
なので、マモルが顔を見上げると雲ひとつ無い青空が見える。なにせ雲は足の下にあるわけだから当たり前かもしれない。
「ってことはここは雨は降らないのか?」
「そうだね、この島は晴れだけだね」
ふと呟いた疑問にメアリーが答えるが、却って疑問が増える。
「それじゃあ作物はどうやって育つんだ。このコーヒーはどうやって……、いや、そもそも水はどこから……ん? この島
「あるよー。でもその説明はもうちょっとあとじゃないかな」
「ふむ……では、とりあえず、この惑星について説明してもらえるか?」
メアリーの言葉はもっともだと感じた。順を追って説明してもらうのが一番わかり易いはずだ。マモルは頷き応じる。
「惑星? 君、地動説信者なの?」
思わぬ反応に、マモルは天を仰ぐ。もしやこの惑星では地動説は主流ではないのだろうか。
「本当にこの世界のこと何も知らないんだ。いいよ、じゃあ順を追って話すね」
「大破局で大地を失い、ジッグラトにしがみつく空の世界……か」
メアリーからこの世界について説明を受けたマモルは静かに言葉を繰り返す。
「うん。一言で言えばそう言うこと」
マモルの言葉にメアリーは頷く。
「大破局という現象は興味深いな。この惑星の人族が力を合わせて世界中に天に届く塔を作った。それを見た神は怒り、大地を破壊し尽くし、一定高度から下を『死の雲海』で覆った、と」
「そうそう。で、今やその建設中だった塔『ジッグラト』に生えているこのちょっとした島に人がなんとか生きてる感じ」
「そこが分からないところだ。なぜジッグラトには島が存在しているんだ? まるで大地を破壊されるのを予期していたかのようじゃないか?」
メアリーの理解が早ーいという称賛に、しかし、マモルは首を傾げる。
「何が言いたいのさ」
「大破局というのは創世神話に過ぎず、最初からこの惑星はこんな見た目だったんじゃないか? ということだ」
「そーせーしんわってのが何なのかは知らないけど、その疑問点には答えがあるよ」
コーヒーを豪快に一気飲みし、よっと、と掛け声とともにメアリーが椅子から立ち上がる。
「さっき、天候と作物のことを気にしてたよね。その答えも教えてあげる」
店を後にしようとするメアリーを見て、慌ててマモルもコーヒーを飲み干して、メアリーに続く。
「ありがとうございましたー」
後ろから店員の声が聞こえる。こういうところはどこの惑星でも同じだな、とマモルは思った。
メアリーとマモルは街道を進む馬車と出会い、その馬車の荷台に乗せてもらうことに成功する。
やがて二人を載せた馬車は深い森へと踏み込んでいく。
「良かった良かったー。これで数時間で着くはずだよー」
「馬車で数時間? おい待て、もし馬車を捕まえられなかったら……?」
「徒歩だとうーん、十数時間ってとこかな? 数日は野宿だね」
「なんだと、冗談じゃないぞ」
「まぁ、この街道が空港とジッグラトを繋ぐ一番大きい道だから馬車が通らないなんてことはないさ」
そのメアリーの言葉に嘘はなさそうだった。マモルが外を見ていると、何度となく馬車が通り過ぎていくのだ。
「港からの荷物を運んでいるのか? それにしては、この馬車は空だし、空港に向かうはずのあの馬車は荷がたくさん積まれているな」
「ふふ、まぁ見てなって」
やがて、森を抜けると先程と同規模か少し大きい程度の町が見えてくる。
「飛空艇が物流を担っていることを考えると町は港町の方が栄えていそうだが、そうでもないんだな」
その様子にマモルが呟く。
「その秘密が、今からボクらが行くところにあるのさ」
言われて、この町がジッグラトのすぐ麓まで広がっていることに気付いた。
メアリー達が乗っている馬車もそこへ向かっているようだ。
「並んでるな……」
ジッグラトの入り口には長蛇の列が出来ていた。
見たところ、その多くは馬車を引き連れている。
「まさか……この塔の中で物資が生産できるのか?」
「お、正解!」
「なんてことだ、ジッグラトは物質生成プラントだったのか」
「あ、それは少し違うかも? でも似たようなものかな」
メアリーはありがとねー、とお礼と銅貨を渡しつつ、馬車を降りる。
「並ばなくていいのか?」
「御子様に会うなら、ここじゃない場所に並ばなきゃ」
そうして、メアリーはジッグラトのもう一つの入り口に向かう。
「御子様との面会時間は十分までです」
門番はメアリーから金貨を一枚受け取りつつ、そう言い渡す。
「分かってるよー」
メアリーは軽く流しつつ、マモルを伴って塔の中に入る。
塔の中はたくさんの金色のパイプが伝っていて、まるでパイプオルガンのようだな、とメアリーは思った。
「おや、旅商人のメアリーではありませんか。今日はどうしました?」
塔の中には白いドレスを来た少女が詩を歌っていたが、メアリー達をみて、それを中断し、二人に向き合う。
「お久しぶりです、御子様。実は『天の落とし物』に出会いまして。名はマモル。よろしければ御子様から魔法とジッグラトについて教えて頂けませんか?」
「魔法……?」
聞き慣れない言葉にマモルが首を傾げる。
「いいでしょう、マモル様。この世界は貴方の知る世界とは多少物理法則が異なります。この世界の物質は粒ではなく波で出来ているのです」
「波で……?」
粒というのは原子の事だと分かった。だが、波とはどういう事だ。
「音波、という方が適当でしょうか。ですから、適切な波を発することが出来れば、現象を発生させたり物質を生成することが出来ます。メアリー、披露出来ますか?」
「本当だよ。見ててね? Ah〜♪」
メアリーが独特の旋律を歌うと、右手の先に炎の爆発が生じる。
「なっ」
驚愕すべき事態だった。文字通りなにもないところに炎が生じていた。
「この通りです。この世界は常に誰かが歌っていることで生じているようなものなのです。しかし、人一人が生み出せる物質、現象には限りがあります。そこで、このジッグラトです。ジッグラトの正式名称は魔法増幅塔と言います、といえば、察しが付くでしょうか」
「まさか、あなたのような御子様の役割というのは、詩を歌って物質を生成すること、ということですか?」
「そのとおりです。そして、何より、あなた方が先程まで立っていた大地もまた、このジッグラトの魔法増幅により生じている仮初の大地なのです」
あまりの事実にマモルは言葉を失った。目の前にいるのはまだティーンエイジャーと言っても差し支えないくらいの少女だ。とても美しいし、声もきれいだ。それが、その全盛期をこの塔の中で過ごすというのか。
「で、では、あなたがたはずっと歌い続けているのですか?」
なので、この言葉を絞り出すのに、たっぷり一分はかかった。
「えぇ、さすがに交代制ですけどね。それが御子として見出された私達の仕事です」
「この世界にはたくさんのジッグラトとその大地があると聞きました。その全てが……?」
「えぇ、その全てがジッグラトの魔法増幅により生じている大地です。もし万一、なにかの間違いで御子が完全に歌うのをやめれば、一分もしないうちにその大地は消えてしまいます」
マモルはちょっとしたショックを受けた。つまりここにいる何人かの「御子様」は、人々を生かすためだけにただ歌い続けているのだ。
「塔の側にプリセットされた歌がある大地の生成は例外として、基本的には御子ごとに生成の得手不得手があります。ですから、塔から得られる物資は島ごとに違い、それ故に交易が行われているのです」
「なるほど」
と、頷く。つまり、最初のマモルの疑問への答えは「最初から塔に大地があったわけではなく、人は塔を用いて大地を作った」だった。
「ところで、最初に話していた『天の落とし物』というのは?」
「それはあなたのような異世界からの来訪者のことです。理由は分かりませんが、この世界には極稀に異世界から人や物が降ってくるのです。それを『天の落とし物』と言います」
「ここは異世界? 私の知らない惑星ではなく、異なる世界だと?」
「えぇ。貴方の世界は波で出来てはいなかったでしょう?」
「それは確かに……」
だとすると、なんとかして宇宙空間に出るだけでは宇宙連合軍には帰れない、とマモルは気付く。
「では、どうやって元の世界に戻れば?」
「さぁ、そこまでは……。ですが、伝説ではアルカディアと呼ばれる地にこそ、『天の落とし物』の秘密が眠っていると、言われていますね」
そこまで話したタイミングで、門番が時間を告げに来る。
御子との話は終わりの時間だった。
「それでは、また会いましょう、メアリー、マモル」
「なぁ、アルカディアとは、なんだ?」
もう暗いし、宿を探そっか、というメアリーにマモルが問いかける。
「アルカディアはこの世界において唯一単独で浮遊していると言われる伝説の浮遊大陸だよ。金銀財宝が有る、とか、神様が眠っている、とか、『天の落とし物』の秘密が眠っている、とか、伝説がたっくさんあるんだ」
「だとすると、『天の落とし物』の秘密が眠っているってのも眉唾だな。だが、他に手がかりはないか」
「なに、もしかしてアルカディアを目指したいの、マモル?」
目を輝かせてメアリーがマモルの正面に躍り出る。
「そ、そうだな、当面はその予定だが、どうした?」
「実はね、ボクもアルカディアに憧れてるんだ! もし、マモルが目指したいなら、どうかな、一緒に旅に出ない?」
「それは……」
メアリーの提案にマモルは逡巡する。ここまで世話になったが、これ以上さらに世話になるのは気が引ける。
「ボクがいれば島々を渡る足には困らないよ! それに、君がボクについてきてくれるなら、助けたお代やら事情を説明してあげたお代やらは護衛ってことで許してあげる」
「う……」
それはありがたい話だった。なにせマモルにはお金がない。
にも拘らず、メアリーは自分のために銅貨や金貨を払ってくれているのを目にしている。
「分かった。一緒にアルカディアを目指そう、メアリー。護衛ならば任せてくれ」
「そうこなくっちゃ!」
マモルの言葉にメアリーが嬉しそうに微笑む。
「なら、よろしくな」
マモルが手を差し出す。
「? なにこれ」
「差し出された手を握るんだ。握手っていう、俺の出身惑星の習慣だよ」
「そうなんだ。じゃ、よろしく」
メアリーがたどたどしく手を握り返す。
いまここに、メアリー護衛商船団は二人になったのだった。