古民家に逃げ帰った深冬は、恐怖で全身の震えが止まらなかった。あの巨大な繭は一体何やったんや。小春の幻覚は?懐中電灯を落としてしもうたけど、繭に影響はなかったやろか。
「落ち着け、深冬。科学的に考えるんや」
でも、手は震えてるし、口の中はずっと金属の味がする。
翌朝。村の様子は一変してた。これまで無関心やった村人たちが、今は剥き出しの敵意を込めた視線で深冬を監視してる。古民家の周りを狼の群れのようにうろつき、ひそひそと囁き合う。
「一体、どういうこと……?」
その時、戸が静かに開き、祠堂耀が氷のような表情で現れた。昨日までとは比較にならんほど冷たく、抑えきれない怒りを湛えてる。
「あなたは昨夜、禁断の洞窟へ足を踏み入れましたね」
逃れようのない事実を突きつける断定口調。
「何のことやら、さっぱり……」
「とぼけないでいただきたい」
耀の言葉が深冬の抵抗を切り捨てる。
「そして、取り返しのつかない過ちを犯してしまった」
「あの巨大な繭は『シラヌイ様』が永き眠りについておられる、最も神聖な場所。外部からの刺激はその眠りを妨げ、目覚めを早める。あなたが落とした懐中電灯の衝撃と人工的な光が、致命的な引き金となったのです」
「シラヌイ様……?それが、あの繭の正体やと?」
「左様でございます」
耀は一歩近づき、氷のような瞳で深冬の魂を見据えた。でも、その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ何か複雑な感情が過ぎったような気がした。
「そしてシラヌイ様は今、ひどくお怒りになっている。新たな、より純粋で生命力に満ち溢れた『花嫁』を渇望しておられる」
「今宵、この鎮守村で『選定の儀』が執り行われます。シラヌイ様の新たな花嫁を選ぶための、古来より伝わる最も神聖な儀式です。七瀬深冬、あなたもその栄えある候補の一人として、この儀式に参加していただく」
深冬は言葉を失った。花嫁?つまり生贄ということか?
「ふざけないで!そんな狂った儀式には絶対参加しません!これは人権侵害です!誘拐、監禁です!すぐに警察に……!」
「無駄なことです」
耀は深冬の叫びを冷ややかに遮った。
「この村は外界のいかなる法も権力も届かない隔絶された聖域。警察もあなたの声も、ここには決して届かない」
でも、耀の声に微かな迷いがあったような気がする。まるで自分に言い聞かせてるみたいに。
「諦めて自らの運命を静かに受け入れることです」
耀の言葉は鋼鉄の宣告のように、深冬の希望を無慈悲に打ち砕いた。絶望の底から燃えるような怒りが湧き上がる。
「冗談やないで!こんな理不尽な運命、絶対に受け入れてたまるか!」
関西弁が出てしまったけど、もうどうでもええ。
儀式が今宵行われるなら、それまでに何としてでもこの狂った村から脱出せな。深冬の心に絶望的な戦いの覚悟が芽生えた。
でも、なんで耀の瞳を見てると、胸の奥がざわつくんやろ。憎しみだけやったら、こんなに複雑な気持ちにはならへんはずなのに。