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第6話

古民家の一室。今度は完全な密室やった。


窓も戸も木の板で封じられ、光は一筋も差し込まへん。粗末な藁布団、濁った水、そして日に一度の味気ない食事。


夜になると、それが始まる。


壁の向こうから聞こえる、何かが蠢く音。ざらり、ざらり。あるいは、じゅるり、じゅるり。甘ったるく腐った匂いが部屋に漂う。


まるで中学の時、理科室で腐った解剖用の蛙を嗅いだ時の匂い。あの時も吐き気がしたっけ。


「シラヌイ様……」


あの繭の主が、すぐ近くまで迫ってる。品定めするように、自分を観察してる。


昼間は村人たちの監視。板の隙間から覗く狂信者の目。


「シラヌイ様のために、おとなしくしてるんだよ」


「もうすぐ永遠の喜びを得られるからねえ」


「やめて……近づかないで……!」


ある時、食事に黒い粉末を混ぜようとする女を見つけた。


「『お清めの薬』ですよ。もっと従順な良い子になれるから」


聖母のような、しかし歪んだ笑顔。


それ以来、深冬は村人の食事には手をつけなくなった。空腹で頭がくらくらする。


そんな中、祠堂耀が現れる。他の村人とは違う、奇妙で掴みどころのない態度で。


「コーヒー……コーヒーが飲みたい……」


ある日、深冬は憔悴しきった顔で呟いていた。


「ありませんね、そんなもの」


いつの間にか部屋にいた耀が冷ややかに答える。


「インスタントでもええんです。缶コーヒーでも……」


「この村に文明の利器は存在しないと、何度言えば分かるのですか」


「ほな、お茶は?」


「……番茶なら、ありますが」


深冬の肩が、がくりと落ちた。


「何か文句でも?それなら飲まなくても結構ですよ」


「……今、何て……?」


「聞こえませんでしたか?耳まで悪くなられたとは」


「確信犯ですね。ほんまに性格悪い」


「左様でございます。それが何か問題でも?」


「開き直りまで完璧とは……」


「お褒めいただき光栄です」


「(褒めてへんわ!)…結構です」


「……ふっ」


一瞬、耀の口元が緩んだような気がした。


「今……笑いました?」


「気のせいでしょう。あなたは疲れている」


そして耀は、深冬の最も痛いところを突いてきた。


「……そのペンダント。妹君の形見でしたか。強い想いが込められているようですね」


耀はふと、深冬の首元のペンダントに目を留めた。


「人知を超えた力というものは、時に純粋な魂に惹かれます。あなたの妹君がそうであったように。そして、シラヌイ様は……そういった魂の輝きを、決して見逃さない。あるいは、そのペンダントに宿る妹君の想いの欠片が、あなたをこの村へ導き、そして、シラヌイ様を呼び覚ます一助となったのかもしれませんね。……もっとも、それは科学では説明できぬ話でしょうが」


胸の奥がキリキリと痛む。まるで胃に穴が空いたみたいに。


「うるさい!私は絶対に諦めへん……!必ずここから生きて出て、教授の行方も、この村の秘密も、全て白日の下に晒したるわ……!」


虚勢やと分かってても、それしか言えなかった。


耀は深冬を観察対象のように見つめ、ふと呟いた。


「あるいは、あなた自身が、あなたの心の奥底に潜む『何か』を、この村に呼び寄せたのかもしれませんね……」


その謎めいた言葉を残し、耀は音もなく立ち去った。


でも、最後に振り返った時の表情に、ほんの一瞬だけ何か複雑なものが過ぎ去ったような気がした。


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