監禁生活は何日続いたんやろか。非常食は底をつき、体力も限界やった。
「もう諦めよう……」
そんな弱音が心を支配しかけた時、一人の村娘が現れた。長老の孫娘で、以前に一度だけ言葉を交わしたことがある。
「七瀬さん……今夜、逃がしてあげます。見張りが交代する隙があるんです」
同情的な声。でも——
「ほんまに……信じてええの……?」
他に選択肢はなかった。深冬は震え声でその申し出を受け入れた。
その夜、村娘の手引きで古民家を脱出。やけど導かれた先は村の外やなくて、あの禁断の洞窟へ続く森の入り口やった。
「どうして……村の外やなかったん?」
「ふふ……ふふふ……」
村娘の表情が一変する。能面のような無表情から、狂信的な光を宿した瞳へ。
「決まってるでしょう?シラヌイ様の元へお連れするのよ。あなたが『花嫁』になれば、村に豊かな恵みが戻る。あなたは救世主になるの」
「罠やったんか……!」
血が凍りつく感覚。計算され尽くした裏切り。
深冬は村娘を突き飛ばし、反対方向へ走った。背後から甲高い笑い声と村人たちの怒号が追いかけてくる。
暗い森を夢中で駆け抜ける。木の枝が顔を打ち、岩が足を取る。その時、何か硬いものに躓いた。
地面に半分埋もれた古い革の手帳。擦り切れた表紙に「高杉」の文字。
「教授の日誌や」
震える手でページをめくる。そこには衝撃的な記録が——
『シラヌイ様は土着神ではない。未知の寄生生物、群体型生命体に近い何かだ。特定周波数の音波と人間の生命エネルギーを糧とし、成長し「進化」を続けている』
『祠堂家は古くにこの存在を発見し、代々「管理」することで異常な恩恵を受けてきた。彼らはシラヌイ様をコントロールしているのか、それとも逆に——』
記述はそこで途切れてた。
「寄生生物……進化……?まるでSF映画みたい……でも、これが真実……」
追っ手の声が迫る。深冬は日誌を胸に抱きしめ、再び走り出した。
その時、茂みから片目が翡翠色に輝く黒猫ミドリが現れた。深冬の前に立ちふさがり、奇妙な鳴き声で崖の方向を示す。
まるで「こっちへ逃げろ」と言うかのように。
深冬は一瞬躊躇したが、ミドリの翡翠色の瞳の奥に、不思議と懐かしいような、そしてどこか切ない光を感じ取り、足を向けた。その瞳を見ていると、なぜか胸の奥が締め付けられるような、忘れかけていた温かい感覚が蘇る気がした。