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第8話

ミドリの尻尾が消えた先は、忘れ去られた土蔵やった。蔦に絡まれた扉の隙間から、猫は器用に滑り込んでいく。


「待って……」


深冬も壊れかけた窓から這うように侵入した。埃と黴の匂いが鼻を突く。


ミドリはすでに土蔵の奥に進み、ある一点をじっと見つめていた。その視線の先には、壁に乱れた文字。血で書かれている。


ミドリは深冬がそれに気づくまで、辛抱強く待っているかのようだった。


懐中電灯の光が壁を這う。


「……!」


奥の壁に、乱れた文字。血で書かれてる。


『シラヌイ…進化スル…喰ラウ…祠堂ノ一族…血ノ契約…『花嫁』ヲ捧ゲル…ツギノ…器ハ……娘……』


震える筆跡。見覚えがある。


「教授……」


血文字の下に、古い和綴じの書物が転がってた。『祠堂家秘伝之書』。


震える指でページをめくる。


そこには、祠堂家の恐ろしい記録があった。シラヌイ様に選ばれた「花嫁」は神主と交わり、子を成す。


しかしその子は人間の姿で生まれない。異形として。そして母親は産後間もなく衰弱し、若くして死ぬ。


代々、繰り返されてきた血の宿命。


「なんて……おぞましい……」


吐き気がこみ上げる。


「それを、見てしまいましたか」


振り返ると、祠堂耀が立ってた。いつもの冷たい仮面はない。深い悲しみを湛えた瞳が、じっと深冬を見つめてる。


「これが、あんたの家のほんまもんの姿なんやな!教授は、この真実を知ったから……だから!」


「……」


耀は何も答えず、血文字の前に膝をついた。震える指先で、血の痕をそっとなぞる。美しい瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。


「私の母もまた、『シラヌイ様の愛しき花嫁』でございました」


か細い声。心の奥底から絞り出すような。


「私もまた、この呪われた血を受け継いだ。教授は……この村の異常性に気付き、外部に伝えようとした。私は彼を止めることができなかった。いや、心のどこかで……この忌まわしい因習を、白日の下に晒してほしかった……」


深冬は息を呑んだ。祠堂耀という男の中に、初めて人間的な弱さを見た気がした。


「この村を、この呪いを終わらせたい。心の底から願っている。だが、私一人では……もう、どうすることも……」


耀の瞳に光はない。ただ、底なしの絶望だけが刻まれていた。


でも、その絶望の奥に、深冬への何か複雑な感情があるような気がした。救いたいのか、利用したいのか、自分でも分からへんような……。



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