「逃れられへんなんて、そんなこと絶対にない!」
深冬は自分でも驚くほど強い口調で叫んでいた。
「どんな呪いにも、必ず綻びがあるはず。私たち二人で、それを見つけて断ち切るんや!」
「無駄です、七瀬さん」
耀は驚いたように顔を上げた。一瞬、戸惑いが瞳に浮かぶ。しかしすぐに絶望の影に覆われる。
「シラヌイ様の力は、人間の想像を遥かに超えている。村人も長老も、完全に狂気に取り込まれた。我々二人で何が……」
「それでも、やらなあかんやろ!」
深冬は食い下がった。
「諦めたら、そこでお終い。教授も、あんたのお母さんも、きっと同じことを望んではったはず。この血の連鎖を、今ここで誰かが断ち切らなければ!」
耀の瞳が微かに揺れた。まるで初めて大切なものを見つけた子供のように、深冬を見つめる。
でも、その瞳の奥に複雑な感情が渦巻いてるのを深冬は見逃さなかった。愛情か、執着か、それとも……。
長い沈黙の後、重い決意を込めて口を開いた。
「一つだけ……方法があるかもしれません」
震える声。
「シラヌイ様を完全に目覚めさせ、その『核』を内側から破壊する。ですが、あまりにも危険で無謀な賭けです。そして……それには、『花嫁』であるあなたの力が不可欠となる」
耀が語った計画は、想像を絶するものやった。深冬自身がシラヌイ様の精神と同調し、その奥底に潜む「核」の位置を特定する。耀は祠堂家の禁断の秘術で、その核を破壊する。
しかし、同調に失敗すれば、深冬の精神は完全に取り込まれ、二度と人間に戻れない。
「つまり私が、生きた『探査機』になるってこと?」
意外なほど冷静な声やった。
「端的に言えば、左様でございます。想像を絶する苦痛と恐怖が伴うでしょう。それでも……この賭けに乗ってくれますか?」
深冬は一瞬、言葉に詰まった。
目の前で妹・小春を失った時の無力感。あの絶望を、もう繰り返したくない。
「やります」
震えを押し殺し、はっきりと答えた。
「もう誰も、こんな狂った因習の犠牲にさせへん。この手で、血の連鎖を断ち切る」
その瞬間、深冬の中で何かが変わった。科学への強迫観念が薄皮のように剥がれ落ち、代わりに根源的な覚悟が芽生えた。妹の失踪も、もはや「未解決の謎」やない。自分が向き合うべき「運命」の一部なんだと。
長年の「嘘」の鎖が、大きく揺らぎ始めていた。
耀は深冬の決意に満ちた瞳を、まるで眩しいものを見るように見つめていた。そして静かに頷いた。
でも、その表情の奥に何かを隠してるような気がした。深冬への感情が、愛情なのか利用なのか、耀自身にも分からへんのかもしれへん。
「分かりました。ならば、共に参りましょう。この血塗られた村の、本当の結末を見届けるために……覚悟は、よろしいですか、七瀬深冬」
「ええ。いつでも」
二人の間に、奇妙で歪な絆が生まれた瞬間やった。しかしそれは、あまりにも脆いガラス細工のような絆でしかなかった。
深冬の胸の奥で、耀への複雑な感情がざわめいてる。憎しみと、理解できへん魅力と、そして不安と……。