「来ましたね」
耀は予期していたように呟いて、深冬の前に立った。手には抜き身の日本刀。月光が刃に反射して、妖しく光っとる。
でも深冬は気づいてしもた。この人の立ち位置、わざと村人らに背中を見せとる。まるで自分を庇うふりして、実は…。
「七瀬深冬、あなたは同調に集中を。ここは私が食い止めます」
「でも、耀さん!あなた一人では…!」
「時間がございません。もう、これ以外に道はないのです」
悲壮な覚悟を込めた声。でも、なんでやろ。目の奥に、ちらっと歓喜の光が見えた気がした。
深冬は唇を噛んで、再び意識をシラヌイ様の深層へ集中させる。でも、耳はこっちの状況を聞いとる。
狭い石段が激しい音と共に破られた。長老衆を先頭に、棍棒や農具を手にした村人たちが雪崩れ込む。
「おのれ、祠堂耀!よくもシラヌイ様を裏切ったな!」
「その魔女と共に贄となれ!」
耀は古流剣術で、襲いかかる村人たちを次々かわしていく。でも、なんか変や。動きが妙に演技臭い。まるで深冬に何かを見せつけるみたいに。
深冬の意識は、シラヌイ様の記憶の最深部へ潜る。そして、ついに「核」を発見した。暗闇で脈動する巨大な肉塊。心臓みたいに赤黒い光を放っとる。
気持ち悪。でも、これや。
「見つけた!これがシラヌイ様の核や!耀さん、今やで!これを破壊すれば…!」
その瞬間やった。
耀は最後の村人を打ち倒して、ゆっくりと深冬に向き直った。その顔に浮かぶのは、歪んだ恍惚の笑み。
あかん。全部、罠やった。
「素晴らしい、実に素晴らしゅうございます、七瀬深冬殿」
血に濡れた刀の切っ先が、深冬に向けられる。
「しかし、あなたは致命的な勘違いをなさっている」
「え…?何を言うて…?」
「シラヌイ様を滅ぼす?とんでもない。私はこの偉大なる存在を、この窮屈な村から『解放』するのでございます。そして七瀬深冬殿、あなたはそのための最も完璧な『器』であり、私の…我らが新たなる神の、永遠の『伴侶』となられるのですよ」
頭ん中が真っ白になった。
彼は村の因習を終わらせるんやない。自分が新たな支配者として、シラヌイ様と共に君臨しようとしとった。
二度目の、決定的な裏切り。
「あんたも…あんたも結局、この狂った村の狂気に染まりきってたんやな…!私を利用したんやな…!」
深冬の悲痛な叫びが、薄暗い地下祭壇にこだました。
胸の奥で、何かがぽきっと折れる音がした。